三十の巻
「松が枝」番外・三郎ちゃんの気持




by 戸田采女


 奥の間に入り私を畳の上に降ろすと、誠之進はさっそく押し入れから夜具を引っ張り出している。

『奥の間へ連れていけ』
『はよう…っ』

 自分から命じたくせに、私は今ごろになってひとり赤面していた。

 近習たちには夕餉の時間まで好きに過ごすよう申し付けたが、源蔵あたりがいつ茶でも持って現れるやもしれぬ。座敷の荷物は片付け途中で放りだされている。それを見て察してくれるよう願うしかないのだが。

 思えば江戸へ出てきて以来、誠之進とはほとんど肌を合わせていない。皆の目を盗んで口を吸い合ったり、着衣のままお互いを慰めあうのが精一杯だった。兄上との対面、父上の死、色々なことがありずぎて、確かにそれどころではなかったが一一。誠之進の温もりが恋しくて、夜具の中で寂しさを堪える夜もあった。

(兄上は多分我らのことを御存知だ。今回の引っ越しも、きっとそのあたりを気使ってくださったに違いない。それに…)

「若、こちらへ参られませ」
呼び声に振り返れば、夜具を敷き終えた誠之進がその傍らに座っている。
私は言われるままに歩み寄り、誠之進の前に立った。
誠之進は私を仰ぎ見て、目元に優しい笑みを浮かべる。
恭しく私の手をとると、手首に口づけた。
「誠之進…」
しっとりと押しあてられた唇が甘い疼きを生み、私は思わず息を詰めた。

「若。どうぞこの上に一一」
誠之進が掌で軽く敷布を叩いて促す。 

 絹夜具の上にふたりで座ると、誠之進が後ろから抱きすくめてきた。
耳朶に軽く唇をあてながら、誠之進が尋ねる。
「何を考えておられました?」
斯様に近くで誠之進の深い声を聞くのも久しぶりだった。
びろうどのような声に敏感な肌をくすぐられ、呆気無いほどたやすく身体が火照った。
「何をというて…兄上のことを少し」
私が頬を熱くしながら答えると、
「殿の?」
尋ねながら、誠之進は両手でゆっくりと私の小袖を押し広げた。
すかさず左手が襦袢の下へ忍びこみ、胸を撫でさする。
「どのようなことを…?」
「別に…たいしたことでは…」
話すほどのことでもなかったゆえ、私が曖昧に言葉を濁すと、

「何やら…妬けますな」

 声がちっとも笑っていなかった。

 誠之進は私の項をきつく吸うと、襦袢の中の左手で胸の突起をきつめにつまんだ。
そのまま親指と人さし指の腹で潰すようにひねられ、
「はっ…ううっ」
切ない痛みに思わず声がもれた。

 誠之進は右手で私の腰帯から脇差しを引き抜き、袴紐をほどきにかかった。
ややもすれば乱暴な動きに、
「何じゃ、誠之進…?」
私は肩ごしに振り返ろうとした。
誠之進は相変わらず無言で帯や襦袢紐もほどき、私の着物を一枚づつ剥ぎ取っていく。
抵抗する気などなかったが、常とは違う誠之進の様子にほんの少し戸惑いを覚えた。

                    *

 下帯一枚の姿で、私は誠之進と夜具の中で抱き合った。

 鶯が鳴き始めたとはいえ、まだまだ冷えるこの時期。国元の寒さとは比ぶべくもなかったが、火桶ひとつでは頼りなく、私と誠之進はかい巻きの下でぴったりと身を寄せていた。久方ぶりに触れる誠之進の温もり、馴染んだ肌の匂いに、張り詰めていた気持が急激に緩んだ。

 私は誠之進の胸に顔を埋め、深い吐息をついた。

 いかに誠之進や源蔵たちが一緒とはいえ、江戸藩邸での暮らしは緊張の日々だった。父上が亡くなってしまわれた後はなおさらのこと。兄上はお優しいが、それでもまだまだ遠慮がある。そして宝寿院様には一一。

 考えても詮無きこととはおもう。

 宝寿院様が父上の心を奪った母・おひろを許せぬ気持。理屈ではどうにもならぬ悋気なら、私も知っている…。

 私とて…誠之進を誰かに奪われたら正気ではいられない。

 誰かに一一。

 私の瞼の裏に、誠之進の親友、家中一の美男と称される男の顔が浮んだ。

 誠之進の誠をつゆほども疑う気はなかったが、誠之進と彼の者との深い絆は時に私を不安にさせる。

 再び上の空になりかけた私を、誠之進はじっとくるみこむように抱きしめていた。ゆっくりと背中や肩を撫でられると、掌から伝わる熱が心地よい。私は瞼を閉じてそれを味わった。
「誠之進…」
誠之進の胴に回した手にきゅっと力を込めた。
「こうしているだけで…他にはもう何もいらぬ」

 それが偽らざる本心だった。

 八千石を私に賜り、立派に領地を納めてみせよという、父上のお心に添いたいとは思うが一一。兄上が誠之進との仲を許してくれるのなら、私自身は部屋住みで何の不足もない。

 部屋住みどころか、父上がおられなくなった今、自由な町人の暮らしに戻りたいと思うことさえある。なれど私がそれを口にすることは決してないだろう。

 武士をやめれば、誠之進と同じ世界に暮らせなくなってしまう。

 これまで守役として私の養育に尽した、誠之進の思いを無にすることはできない。

「三郎ぎみ…」
誠之進は胸の奥から私の名を呼ぶと、身を起して夜具の上に私を組みしいた。
一度目と目を合わせると、誠之進は深い口づけを仕かけてきた。
既にお互いの物は固く張り詰めて、下帯越しにこすれあっている。
私も舌の根を絡めて誠之進に応えながら、思わず自分から腰を擦り付けてしまった。
気付いた誠之進が嬉しげに目を細め、私の下帯を緩めてむしり取った。

 誠之進は半身を起すと、敷布に片手をついて私を上から見下ろした。

 誠之進の前に全裸を曝すのは、本当に久方ぶりだった。昼間ということも手伝って、私は突然波のような羞恥におそわれた。

「何をしておる、誠之進」
恥ずかしさのあまり、怒ったように問いつめれば、
「若のお姿を見ております…」
誠之進は言いながら手を伸ばして、指先で軽く私の胸から脇腹をなぞった。
羽毛のごとき触れ方に、甘い震えが背筋を駆け抜けた。
刀身もあっという間に硬度を増した。
誠之進は私の裸身にひたと視線をあてながら、巧みに腰や腿にも触れていく。
昂っていく様子を観察されているようで、私はいたたまれなくなった。

「は、はようそなたもそれを取れ」
私が誠之進の下帯を指差すと、
「では…」
誠之進は軽く頭を下げて、己の下帯を外しにかかった。
布の下からこぼれ出たものに、今さらながら目を奪われてしまう。

 かっと頬に血が昇った。

 熱く猛った楔に身体を開かれる瞬間一一。

 思い出した途端に内股に力が入った。

「若…」

 何もかも心得たように、誠之進が深く艶めいた声音で私を呼んだ。

 折り重なってくる誠之進の重みに、私は目眩のような幸福感を覚えた。


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