弐の巻
「沫雪」
補遺・後編




by 戸田采女

 今年で二十七というが、右近の肌は相変わらず陶器のような滑らかさだった。私は手触りを確かめるように、右近の全身にくまなく触れていった。女の柔肌とはひと味違う、硬質で張りのある手ごたえが、私の手の中に懐かしく蘇る。

 おそらくは、身も心もぼろぼろになりながら、逃げるように国許を離れたに違いない。皮肉なことに岩田の話を聞いて、何ゆえ高禄の吟味役を辞し、病がちの母を残してまで江戸へ向かったのか…鈍い胸の痛みとともに、私は右近の行動の意味を悟った。

 誠之進が三郎と契るとは、私にも全く予想外の出来事だった。右近も誠之進は男など愛さぬと思ったからこそ、永年、魂を削るような恋を、自分ひとりの胸に納めてきたのではなかったか?

 右近が不憫だった。

 たまらなく…哀れに思えた。




 もう随分前になるか…。王子へ紅葉狩りに行ったとき、右近が途中で熱を出して倒れた。急遽、料理屋の一室を借りて休ませ、私も翌日まで付き添った。

 その頃の私は、右近への叶わぬ恋がもどかしく、主人という立場を利用して、無理矢理にでも犯してしまおうかと、何度思ったことかしれない。だが、右近の心は完全に誠之進のものだった。蟻の入り込む隙もないほど、右近の心は誠之進で占められていた。

 身体だけものにしたところで、空しいだけじゃ…。

 私は悶々と日々を過ごしていた。

 どうにかして、右近をこちらに向かせたい。

 友にすぎない右近は、誠之進が女を愛したり妻帯すれば、もはや一番大切な人間ではなくなる。それを自覚した右近が、追い詰められ、傷つき、潔癖な魂が砕け散ったとき…。

 右近が己から縋りついてくる瞬間を思い描くとき、私は身体中が暗い悦びに震えた。これほど主君に愛されながら、親友への恋を貫き通そうとする右近に、ささやかな意趣返しをしてやりたい気持ちもあった。

 天満屋の枕絵事件をきっかけに、私は伽を命じ、右近は黙って従った。一時は肌身を合わせたことで有頂天になっていたが、結局、右近にとってはそれも勤めのうちなのだと、私は苦い落胆を味わっていた。案の上、国許で勘定吟味役を拝命すると、右近は迷わず私のもとを去った。

『私が藩主になったら、必ずそなたを呼び戻す。そう簡単にはあきらめぬぞ…』

 出立の前夜、右近にこんな言葉を投げ付けながら、私は秘かに思っていた。

 万が一、誠之進に受け入れられることがあれば…、右近は二度と私のものにはならないだろう。無理矢理江戸へ連れ戻したところで、心は一生誠之進のものだ。側近として私に忠誠を誓いながらも、右近は誠之進との思い出にすがり、生涯を終えるに違いない。

 私は右近の恋が叶わぬことを願っていた。誠之進が一日も早く妻帯し、子ができ、良き父親になってしまうことを祈っていた。

 愛する右近の「生温い不幸」を、私は誰よりも願っていた。

 だが、よもや誠之進が三郎と契ってしまうとは…。天は右近にとって、一番残酷な筋書きを用意していた。



 二年ぶりの逢瀬である。すぐにもひとつになりたいと、私の分身は痛いほどに脈打っていた。胸や内股を撫で上げると、右近の身体は急速に熱を帯び、小さく浅い息が唇の間から洩れてくる。
 だが、久方ぶりに肌を合わせた右近は、下帯の中は反応しているくせに、生娘に戻ってしまったかのごとく、身をこわばらせていた。

 再びこの手に抱けるとは…。

「右近…」
名を呼べば、深い漆黒の瞳が私を見つめ返した。手のひらで触れれば、肌は熱を帯びて応えた。

 もう何をためらうことがあるだろう。

 右近は己の意志で戻ってきた。

 理由(わけ)はきくまい。もう十分に傷付いたのだ。傷口に塩を摺り込むような真似はすまい。

 そなたは私の側におればよい…。生涯…私の側におるがよい。

 仰臥する右近を見下ろしながら、私は心の中で呪文のようにくり返していた。


 はだけた夜着の袷から、白い胸が露になっていた。右近が浅い息をつくたびに、かすかに上下する様子が艶かしい。私はうっすらと色付くものを口に含み、舌先で転がした。

 熱い舌の刺激に、右近がかすかに呻いた。強めに吸いたて、舌先でこねまわすと、右近の両手が私の肩にはい登ってきた。押し返したいのか、引き寄せたいのか、どちらともわからぬ弱々しい動きに、右近の逡巡が見えた。それでも身体は確実に昂っていく…。

 片方の突起を唇で愛撫しながら、もう片方を軽く引っ掻くように、指先で刺激を与える。
「うっ…ん」
右近が悶えるように半身を反り返らせ、鼻にかかったような声をあげた。

 そっと手を滑らせ、下帯の中に潜り込むと、右近の分身は先程よりも硬度を増し、はちきれんばかりにみなぎっていた。既に先端からこぼれた密を、塗り広げるように扱いてやると、とうとう唇の間から耐えかねたように喘ぎが洩れた。

 半ば伏せた睫の間から、潤んだ瞳がじっと私を見つめていた。

 淫らに蕩けきるまで、涙がかれ尽すまで、泣かせてやりたくなった。

 私は自分も夜着を脱ぎ捨てると、右近の下帯を剥ぎ取った。目の前に現れた形の良い刀身に、思わず見入ってしまう。身体をずらして、そっと先端に唇を寄せると、
「な、何をなさいます!」
右近が弾かれたように私の肩に手をつっぱった。
「決まっておるであろう…」
私は片頬で薄く笑うと、右近のものをゆっくりと口に含んだ。

 思えば、口での愛撫はこれが初めてだったかもしれない。余程耐えがたいのか、右近は懸命に逃れようと身をよじった。
「な、なりませぬっ…」
じたばた騒ぐな、と言ったつもりが、くぐもった響きとなって洩れただけらしい。
右近は目尻に涙を滲ませ、私の肩を拳で叩きはじめた。

 私は一旦顔をあげ、
「うるさいやつめ、黙って身供にまかせておれ…」
鋭く言い捨てると、両腕で右近の腰を抱え直した。
今度はさらに深くくわえこんで、舌を大きく動かした。
「あっ、あう…」
右近が足先まで突っ張って、大きく背を反らせた。
強く吸うたびに、屹立がどんどん張り詰めてゆく。私は夢中で右近を煽った。

 私とて、斯様な真似をするのは初めてだ。なれど、そこは男同士。どうして欲しいかなど手にとるようにわかる。ましてや右近のように抜群の応えよさならば…。

 右近の呼吸が切なくはやまり、肌が桜色に染まる。引き締まった腰が淫らに揺れた。
「若殿…っ、もう…お離しくださりませ…」
敷布を握り込み、右近が首を左右にふった。
私は悲痛な訴えを無視して、わざと強めに唇で扱いた。
「あっ…なりませぬっ」
どうせ右近のことだ。主人の口中に吐精するなど、切腹ものだと思っているに違いない。

 これほどに感じて、乱れながらも、まだどこかに慎みを残している。

 まだ足りぬのなら…っ。

 私は舌技を駆使しながら、右近の双丘の割れ目を人指し指でたどった。右近の身体が小刻みに震え始めた。蕾みを探り当て、容赦なく指をめり込ませた。
指の腹で強く内壁を擦りあげると、
「ああっ…ああああーっ」
引き絞ったような悲鳴をあげ、右近の身体が大きく二、三度跳ねた。両腕で腰を抱きとめ、ゆっくりと弛緩していく身体を支えてやる。口中に熱い迸りを感じ、私も何ぶん初めてのことに目を見張ったが、愛しい右近の密をゆっくりと嚥下し、一度身を起こした。

 額にうっすらと汗を滲ませ、ほんのり色を刷いた胸がせわしなく上下している。黒耀の瞳は放出の余韻に潤み、ぼんやりと私を見つめかえしてきた。

「惣一郎様…」
胸の奥から名を呼ばれ、私は右近の枕元に這い上がった。
ほつれた鬢を指先ですくように撫ででやると、右近は熱に浮かされた瞳で、
「…お会いしとう…ござりました」
消え入るように呟いた。

 咄嗟に返す言葉がなかった。

 なれど、右近の溜息にも似た哀切な声音は、心の奥底まで届き、私を芯から昂らせた。

『お会いしとう…ござりました』

 思えば初めて右近から、私を求めた言葉だったかもしれない。

 私は歓喜に我を忘れた。

 私は右近の脚の間に割り込み、両手で右近の膝裏を持ち上げた。そのまま胸につくほど押し上げる。
「わ、若殿っ…」
脚を大きく開かされ、袋も竿も隠しようもない姿勢だった。頬を染め、狼狽しながらも、右近はもはや抗おうとはしなかった。きつく瞼を閉じ、羞恥に耐えている。慣らしていないのは百も承知だったが、もうこれ以上は待てぬ。震える蕾に己のものをあてがうと、私は一気に腰を進めた。

 右近が唇をかみしめ、両手で敷布をきつく握りこんだ。
懸命に声を殺している。無理もない。男を受け入れるのは久しぶりのはずだ。

 思い出せ、右近…。

 右近の両膝をさらに折り曲げ、膝立ちになった私は上から体重をかけて、さらに奥深く、楔をねじ込んだ。

「くうっ…あ、あっ…」
不安定な姿勢のまま、右近の菊座が絞るように収縮した。
あまりの締め付けに、こちらも思わず呻き声が出る。
「右近っ…」
熱く絡み付く肉襞に、気を抜けばすぐにも達してしまいそうだ。暴走しかかる己自身を宥め、ゆっくりと抜き差しをくり返しながら、内側からあの一点を探り当て、突いてやる。
「ん…ううっ」
右近がたまらず胸を突き出すように背を反らせた。
同じ場所を続けざまに軽く先端でつくと、右近は小刻みに身体を震わせながら、ふたたび天を向いた先端から密をこぼした。

 目が眩むような姿態に煽られ、私はさらに大きく脚を開かせて、右近の躯を突き上げた。叩き付けるように大腰を使う。肉のぶつかりあう音が極限まで高まっていく。動きに呼吸がついていけず、右近の喉から、かすれたような悲鳴があがった。

 波のように襲いくる快感を何度か堪えたのち、とうとう私は大波がくだけ散るように、己を解放した。再び達した右近も、私の腹のあたりへしたたかに放ち、崩れるように四肢が力を失っていった。

 涙を滲ませ、息も絶え絶えな右近を、私はかたく抱きしめた。

「惣一郎…さま…」
苦し気に私の名を呼びながら、右近のしなやかな両腕が私の首に絡み付いた。

 主従の長い夜は、まだ始まったばかりだった。


おわり


「沫雪」補遺・前編|「桜狩」1
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