八の巻「曼珠沙華」補遺
(惣一郎視点)




by 戸田采女


(裏収蔵の『曼珠沙華』3を合わせてお読みいただくと、天満屋での顛末がよくわかります)

 天満屋の手代を三人ばかり張り倒し、私と仙之丞、郎党二人は奥の間へと急いだ。
目的の部屋へ踏み込んだ途端、私たちは息をするのも忘れ、目の前の光景に見入っていた。


 緋色の夜具の上、下帯姿の武士が、横臥して右近を背中から胸に抱きかかえている。

 「ん…誠之進……」
 
 耳に馴染んだ声が、陶然と男の名を呼んだ。

 私のもっとも聞きたくない名を呼んだ。

 悪い夢だと思った。


 逆上した私は叫び声を上げて、男の身体を乱暴に引き剥がしていた。




 「まあまあ若様…、そのようにお怒りにならずともよいではありませぬか」

 版元の近江屋がもみ手をしながら、へらへらと取りなしてきた。

 蛆虫め。

 どうせ頭の中には金のことしかない。
肉筆原画と版画でいかほどの儲けが出るか、とらぬ狸の皮算用で浮かれているのだろう。
 
 上品な紬を身にまとい、紳士然とした笑みを浮かべて天満屋が助け舟を出した。

 「近江屋さんの言う通りでございます。御用人様(右近のこと)は若様のためにと、ひと肌脱いで下さったのですから。どうかお叱りになられませぬよう…手前からもお願い申し上げます」




 激した私が大人気ないとでもいいたげな口調だった。
薬まで盛って、右近を思いのままにしおったくせに…。
盗人猛々しいとはまさにこのことだった。
思わず刀の鍔に手がいったが、悔しいが天満屋には多額の借財がある。


 右近が斯様な目に合わされたのも、元はといえば、吉原での遊蕩でかさんだ、私の借財が原因だった。

 
 当然のことながら、右近と絡んでいた男は誠之進ではなかった。
面ざしは恐ろしいくらい似ていたが、よく見れば、年も十近く上のようである。
おおかた、あの男も借財を盾に天満屋に脅されていたのだろう。

 恨むのは筋違いというものだった。

 頭ではわかっているのだ…。

 だが…。

 目の当たりにした光景はあまりにも鮮烈だった。

 白磁のような肌を惜しげもなく曝し、誠之進に瓜二つの逞しい男の身体の下で、右近は遂情の余韻に浸っていた。

 淫蕩な、震えがくるくらい美しい顔だった。

 主の私でさえ、未だ見たことがなかった表情(かお)を、この腐り切った連中が喉をひきつらせて凝視していた。

 許せぬ…!

 理不尽な嫉妬と怒りが、私の内部で荒れ狂っていた。




「ところで、若様…?」

 怒りの奔流が堰を切ろうとした瞬間、天満屋の呑気な声が響いた。

「何じゃ」

 天満屋は畳の上をこちらへにじり寄ると、
「…せっかく、手前どもの寮までお運びくださった若様に…」
私の袂にぽとりと何かを落とした。

「何だ、これは?」
袂を探って出てきたのは、直径一寸ほどの青磁の小壜だった。

「お土産にごさいます」

 私がうさん臭そうに天満屋を睨むと、破顔して蓋を開けるよう促した。

 中には微かに芳香を含んだ練り物が詰まっていた。

「…これは?」

 天満屋は唇の端に好色な笑いを浮かべた。

「…閨でお使いいただくとよろしいかと」

「な…に…?」

「…御用人様に…極楽を見せておあげなされ」

 天満屋に聞こえるのではないかと思うほど、心の臓がどくりと大きな音をたてた。

 絶句する私を前に、天満屋がいわくあり気な笑みを浮かべた。

 人の心の裏側まで見透かしたような微笑に、私は深い嫌悪を感じた。



***



 私の手の中にしたたか放った後、右近は放心したように夜具の上に横たわっている。

 練り絹で手を拭いながら、私は昨日、天満屋に手渡された媚薬入りの練り物を、使おうか使うまいか心を決めかねていた。

(斯様なものを使わずとも、私自身の手で狂わせてやるわ…)

 傲慢にもそう思う一方で、

(初めて男を受け入れる苦痛が消え、圧倒的な快感だけが躯に残るなら…。右近が私なしではいられぬようになればよい…)

 姑息な打算も捨て切れなかった。


 迷った挙句、私は手文庫から青磁の小壜を取り出して、右近の側へ戻った。




 帯を解き、寝間着を肩から落とし、下帯まで全て取り去ると、私は右近の傍らに横たわった。

 気配を感じた右近がうっすらと目を開ける。
頬に手をあててこちらを向かせると、先程の自分の恥態を思いだしたのか、いたたまれぬように睫を伏せた。

(今まで誰とも契ったことがない、というのは……まことなのだろうな…)

 初め、小姓たちがそう噂するのを聞いたとき、『あの容姿で左様なことがあるわけがない。若侍たちが放っておくはずがないではないか』と、笑って取り合わなかった。

 されど、今なら分る。

 右近は想われたからといって、容易く情を交わしたりはしない…。

 自分とて、何年手をだしかねて指を銜えていたことか…。

 もっともそれは、右近がただひとり思い定めた相手を、ずっと心に棲まわせてきたからなのだが…。




「…何を考えておいでです?」


 鼓膜を心地よく震わす声音に、私は我にかえった。
漆黒の瞳を見つめたまま、黙りこんでいたらしい。

「なにも…」

 私は微笑むと、ゆっくりと唇を重ねた。
吐息もすべて吸い込むように、深々と唇を合わせた。

 歯列を割って侵入し、逃げ惑う舌を捕らえてからめた。
苦しげに顔を逸らそうとするのを、逃さず追いかける。

 そのまま右近の上に乗り上げるようにして、体重をかけた。

 いきなり密着した素肌に、右近が微かに身をすくませる。

 肌と肌で直に触れたのは、これが初めてだった。

 一度放出に導かれた躯は、しっとりと汗ばんで熱を持ち、吸い付くようにぴったり合わさってくる。
 
 決して柔ではない、骨細だがうっすらと良質の筋肉のついた躯に、私はかつてないほどの激しい征服欲を覚えた。

 この誇り高い躯を、思うさま蹂躙してみたい…。

 
「…惣一郎さまっ」

 触れあった下腹から、私のどす黒い意図を感じとったのか、右近が私の身体の下で身を捩った。
 
 私は一旦右近の上から退くと、枕元に置いた青磁の小壜に手を伸ばした。
 
「…それ…は?」

 右近の声が不安に震えていた。

 無理もない。
昨日、薬を盛られたばかりなのだ。
怪しげなものに敏感になるのも当然だろう。

「傷薬だ。これを使えば少しは楽になろう」

 言い終わらぬうちに右近を俯せにして、片手で背を押さえ込んだ。

(な、何をなさいます!?)

 瞳を揺らして右近が抗議するが、黙殺した。
練り物を人指し指ですくって菊座に塗り込めると、恥ずかしさのあまり右近が嗚咽を洩らした。

 何のために必要かは理解しているのだろう。

 羞恥で言葉もでないようだが、右近は身を固くして、されるがままになっていた。

 私は、もうひとすくい練り物を指にとると、先程より深く指を右近の中に埋めた。
熱く絡みつく肉襞の感触に、下腹の昂りが痛いほどに脈打った。
練り物の助けを借りて、指一本なら楽に通るようになったが、さすがにこのまま交わるのはきつそうだった。

 塗り込めたものをさらに奥へと広げるように、右近の内部を指先で探った。

「そ、そのようなこと…!」

 耳まで紅に染めながらも、右近の菊座はじんわりと潤み、私の指を誘うようにくわえこんだ。

 指を二本に増やして中をほぐすように蠢かせると、右近が悲痛な声で赦しを乞うた。

「どうかっ…もう、おやめください…!」
「ほぐしておかねば、そなたが後で辛いのだぞ」
 
 右近やうつぶせたまま、肘で身を起こすようにして、激しく頭を振った。

「斯様な猥りがわしきこと……」
「耐えられぬと申すか?」

 優しい声音で返答しながらも、熱でさらに溶け出した練り物を、奥深くまで塗り込めるべく、私は容赦なく指を動かした。

「ん、ああっ…!」

 突然、小さな悲鳴があがった。

「ここか…」

 同じ場所を押してやると、押し殺したような呻き声に続き、熱い内壁が絞るように指を締め付けた。

 目を見はるほどの応えのよさに、私の屹立が一気に張り詰めた。

 もう媚薬が効いていようといまいと、私のほうも限界だった。
お遊びは終りとばかりに、指を引き抜くと、そのまま背中から右近の上に被いかぶさった。

 すんなり伸びた脚を開かせ、双丘の間に猛ったものを突き立てた。




 闇を裂くような叫びが聞こえたのか、次の間から居間の襖が開いた。

 慌てて入ってくる足音を聞き、私は思わず舌打ちした。

 仙之丞だ。

 あのまま次の間に控えていたに違いない。

 人払いをしなかったことを悔やみながらも、
「仙之丞! かまうな、下がっておれ!」
腹に力を込めて、閉じた襖の向こうにむかって恫喝した。

 『わ、若殿…』

 襖ごしに仙之丞の情けない声が聞こえた。
おそらく狼狽しきった顔で、部屋の中に立ち尽くしているのだろう。

「いいから下がっておれ!」

 足音がまだ去らない。

「不調法ものめ、さっさとゆかぬか!」

 これで去らねば、行って殴りつけてやろうかと思った。
すると、仙之丞がかぼそい声音で右近の名を呼んだ。

『右近様…っ』

 襖の向こうで仙之丞が啜り泣いている。
右近が責め殺されるとでも思ったのだろうか……。

「仙之丞…」

 押さえ込まれた姿勢のまま、右近がかすれた声を出した。

「仙之丞、いいからもう…向こうへいってお休み」

『右近様!な、なれど…』

「案ずるな…何でもないのだ…」

『……』

 襖の向こうで仙之丞がうなずく気配に続き、摺り足で足音が去っていった。




「すまぬ…」

 右近の秘処に楔を打ち込んだまま、私はできるだけそっと右近の背に寄り添った。
色を失った唇の間から微かな息を洩らしながら、右近が微かにかぶりを振った。

 繋がった部分が燃えるように熱く、痛いほどの脈動が伝わってくる。
それが己のものか右近のものなのか分らぬ程、右近の中に私自身が隙間なく絡め取られていた。

 じっとしているうちに、引き裂かれる激痛は収まったのか、右近の唇に血の色が戻ってきた。
時おり、はたはたとまばたきをくり返す瞼が、少し腫れたように朱い。

「右近…」

 名を呼ばれ、肩ごしに見上げる眸は、油膜が貼ったように潤んでいる。

(薬が効いてきたか…)

 試しに少し腰をゆすってみると、鼻にかかったような甘ったるい声が洩れた。

(それでよい……)

 汗ばんだこめかみにそっと口づけ、ゆっくりと右近を追い上げるべく、秘孔を穿ち始めた。


 先程見つけた場所を内側からやんわり刺激すると、右近が耐えかねたように身悶え、大きく背を反らせた。
 時折、わざと外しながら、そこを狙って抽走をくり返すと、肉襞が思いがけない力で私にまとわりついた。
気を抜くと達してしまいそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。

 一度洩れ始めた右近の声は、間断なく続き、次第に切迫した調子に変わっていく。
どんな表情(かお)で哭いているのか…無性に顔が見たくなった。

 私は多少乱暴に己のものを引き抜くと、右近の身体を反転させた。
引き締まった白い脚の間に身を割り込ませ、両手で膝の裏を持って折り曲げるように持ち上げる。
繦(むつき)を取り替えるような格好に、右近がはっと恍惚から覚めたように目を見開いた。

 少しでも正気に戻ると、羞恥でいたたまれなくなるらしい。

 ならば、いっそ狂わせてやるまで…。

 先程とは逆に、今度は目を合わせながら、ゆっくりと右近の中に入っていった。
狭い肉をかきわける抵抗感はあったが、適度に慣らされたそこは、最奥まで私を招き入れた。


 右近は始め白い喉を逸らせ、胸を浅く上下させて喘いでいた。
屹立が根元まで入り込むと、苦しげに寄せられていた眉根が開き、大きく息を吐き出した。

 身体の力が抜けたのを確かめ、私は再び右近の両脚を抱え直し、律動を刻み始めた。

 「ふっ…くっ……うん…あぁっ……」
形の良い唇はもはや意味のある言葉を紡がず、震える睫の下からのぞく双眸は、快感に蕩けきっていた。


(何という…。斯様な表情(かお)を隠しもっていたとは……)


 重臣達を相手に論陣を張るときの、怜悧で挑戦的な眸。

 道場で竹刀を握るときの、闘志を漲らせながらも、どこか無心で澄み切った眸。

 控えめに付き従いながら、振り返れば返ってくる、桜花のような透明で柔らかな笑み。
 
 そのいずれとも違う、初めて見る表情(かお)に、私は瞠目し、魅せられた。



 激しい突き上げに右近の前も再び勃ち上がり、薄紅色の先端から涙をながしている。
もはや、手で抱えずとも、右近の両脚は私の腰に自ら絡みつき、私の動きに合わせて下半身を蠢かせていた。
あられもない姿で貪欲に快感を追う右近に煽られ、私は一気に劣情の階(きざはし)を駆け上った。

 右近は完全に堕ちていた。

 禁欲的とさえいえる、常の姿からのあまりの変容に、鳥肌が立った。


「あっ…あ…くうっ……」
頂点が近付いてきたのか、右近の身体が小刻みに震え始める。
 
 白い両手が私の肩に這い上ってきた。

 激しく揺さぶり続けると、潤み切った眸が私の目の奥をのぞいた。

(右近…!)

 狂うほどの愛しさで、私は右近の最奥を穿った。

 爪が私の肩にぎりっと食い込んだ。

 白い喉がのけ反る。

「…惣一郎…さまっ……はぁ…ああああっ!」

 ひときわ高い叫び声をあげ、右近の身体が大きく痙攣し、精を放った。


 右近が私の名を呼んだ。

 誠之進ではなく、私の名を呼んだ…。

 目眩のような陶酔が押し寄せる。

 極彩色の像が瞼の裏で弾け、私は右近の中に熱い樹液を迸らせた。


おわり





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