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江戸時代、五月五日の端午の節句は梅雨にあたっていた。
端午の節句は奈良時代に中国から伝わったといわれ、疫病の広がりやすい季節柄、旧暦の五月は常以上に厄除の必要があると考えられた。端午の節句は『菖蒲の節句』ともいい、その行事には菖蒲が欠かせない。剣のような葉の形と強い芳香に邪気を払う力があるとされていたからだ。人々は菖蒲酒を飲み、数日前から軒端に菖蒲を挿し、翌日にはそれを湯舟に入れて入浴した。
鎌倉時代以降、『菖蒲』が『尚武』つながることから、端午の節句は武家色が強くなり、江戸時代に入り男児出生祝いの意味が加わった。武家にとって跡継ぎたる男児の出生と無事な成長が、最大の慶事であることは言うまでもない。
「…とまあ、町家はもとより、武家屋敷では欠かせぬ行事なのであります」
小姓頭の平岡仙之丞が溜息をついた。
執務が終わる頃合をみはからい、仙之丞は留守居部屋に櫻田右近を訪った。
煙のような小雨が庭先をしっとりと濡らしている。大方の役人は既に退出し、留守居部屋の一角はひっそりと静まり返っていた。
文机を前に端座する櫻田右近は、三十前の若さで高山藩留守居役を勤める。
文武に秀で、現藩主・結城惣一郎信元が最も信頼を寄せる家臣だった。
かつて惣一郎の側用人を勤めた右近は、いわば仙之丞の元上司だ。
十四歳で初めて出仕した頃から世話になっており、仙之丞は未だに右近に頭があがらない。
「で、私に何をせよと?」
書き物を終えた右近が、筆を硯にことりと置いた。
「軒に菖蒲を吊るすのを手伝えとでも?」
唇の端を美しく歪め、嫌みを言う右近に、
「右近様…」
仙之丞が情けなく両眉を下げた。
「薄々察しておいでのくせに」
「ぐずぐず言わずにはっきり申せ」
語気を強めた右近に、仙之丞は畏まって居住まいを正した。
「宝寿院様が奥で端午の節句の宴を催されます」
「さようか」
「殿はもちろん、小姓一同もお招きにあずかっております」
「それは祝着」
「そこで…」
仙之丞が思わず身を乗り出したところ、
「おことの好きな*柏餅も山程供されるに違いない。楽しんでまいれ」
右近は嫣然と微笑み、会話を打ち切ろうと腰を浮かせた。
「お、お待ちをっ」
仙之丞はここで逃げられては困ると、追い縋るように右近を見上げた。
「右近様もぜひ奥にお運びあれとの、宝寿院様の仰せです」
右近は不機嫌そうに眉を寄せ、再び文机の前に正座した。
伏目がちに押し黙った後、
「私はもはや側仕えではないぞ。一藩士がみだりに奥へ出入りするのはいかがなものかと思うが」
誰にともなく呟き、鈍い吐息をついた。
高山藩邸の表と奥の区別は江戸城ほど厳格ではない。藩主の奥方の綾姫や母・宝寿院は用があれば表の中奥まで出てこられたが、通常、藩主以外の男子は奥へ立ち入らぬのがしきたりだ。とはいえ、行事の時は多少の例外は大目にみられるが一一。
「一藩士だなどと…さような理屈は通りませぬでしょう」
仙之丞はちいさく首を振り、意味ありげに薄く笑った。
その才と美貌を藩主・惣一郎に愛され、格別の引き立てを賜る貴方が何を仰せか一一。
仙之丞の独白は当然右近に届いていたが、
「ならぬ。殿から上手にお断りいただこう」
「お気がすすまぬのはわかりますが、どうかここは…」
「いやじゃ、私はいかぬぞ。節句の日は*登城で疲れておるのに、何が悲しくてそのような場に…」
「おやおや本音が出ましたな…」
「仙之丞!おこと、適当に言い訳を考えろ」
「そうおっしゃられましても」
「私の味方のつもりなら少しは役にたて」
右近はぴしりと言いおき、席を立った。
「右近さまっ」
仙之丞は弾かれたように腰を浮かせたが、右近は振り返りもせずに留守居部屋を後にした。
*
(仙之丞にあたっても仕方なかろうに)
役宅に戻った右近は、一息つこうと台所へ向かい、水瓶から柄杓で水を汲み、喉を潤した。
一口飲んだところ、老僕の仁平がざる一杯の青菜を抱えて戻ってきた。
右近の姿を見るや、仁平は慌てて、
「右近さま、この季節に生水はいけませぬ。只今白湯を用意いたします」
「すまぬ、あまりに喉が乾いたゆえ、つい」
右近は苦笑しながら老僕に詫びた。
先程の話で、喉がひりつくほど切羽つまっていたのか。
余裕のなさを暴露したようで、右近は内心赤面していた。
(奥は…苦手じゃ)
右近は台所の板の間に腰を降ろし、白湯が出てくるのをぼんやりと待っていた。
(宝寿院様の魂胆はわかっている。端午の節句にお世継ぎの男児誕生を祈願して、おおいに殿に圧力をかけるつもりだ。その席に私を呼び、ちくちくと苛めて殿への見せしめにしようてか)
『右近。惣一郎の夜伽はほどほどにしてたもれ。そなたに子種を吸い取られこのまま世継ぎができぬでは、御家の一大事であろう?』
宝寿院は桜の季節にもわざわざ右近を呼び出し、斯様な言葉を投げ付けたものだ。皮肉なことに惣一郎の右近への寵愛は増すばかりで、最近ではほとんど奥泊まりはなくなっていると聞く。このままではいかぬ、と思いつつも一一。
つい数日前の濃密な閨の記憶が、右近の脳裡をかすめた。
「厄介じゃな…」
頬を染めながら、右近はひとりごちた。
海運のさらなる振興、特産品の奨励、河川の普請など、右近は藩のために成し遂げたい事業をいくつも暖めている。国許の筆頭家老・溝口主膳は右近のよき理解者であり、これまでも力強い後ろ楯となっていたが、計画の実現のためには、右近自身も江戸でそれなりの地位につかねばならない。
藩の外交官たる留守居役は気疲れも多いが、幕閣や諸藩の情報を一早く知りうる立場だ。若いうちから藩の外と接触を持ち、人脈を築いておくことは、後々必ず役に立つ。右近は今さらながら元留守居役で藩の重鎮、堀田又座右衛門が自分を推挙してくれたことに感謝した。
(人付き合いが苦手だった十代の頃を思えば、今の自分が不思議な気もするが…)
右近は苦笑した。
藩が豊かになり暮らしが潤えば、当然のことながら一揆や政変は起こりにくい。治世の安定は惣一郎の安寧にもつながる。藩主として、江戸城での社交さえ無難にこなせば、好きな絵を描いて一生過ごすことも可能なのだ。藩財政を少しでも潤し、騒動の芽があらば未然に摘むことが家臣の役目と心得る。
だからこそ、くだらぬ嫉妬や中傷で失脚するわけにはいかない。
なれど藩主・惣一郎の寵愛は、ある意味右近にとって両刃の剣だった。国許では勘定吟味役として実績を残したものの、留守居役としての評価はこれからだ。江戸藩邸でろくな仕事もせぬうちに、寵臣というレッテルだけを貼られるのは御免こうむりたい。
他人の破格の出世を羨むものは、その足をすくう話に喜んで飛びつく。たとえば『右近殿への御寵愛がすぎてお世継ぎができぬ』など格好のネタである。
奥の宴に惣一郎が右近を伴えば、またもや鯨のような尾ひれがついて、あることないこと囁かれるだろう。
(殿には…なかなかおわかりいただけぬがな)
右近は軽い溜息をついた。
惣一郎は今が幸せなのだ。
公私ともに自分にもっとも近い場所に右近を置く。
才があり、好ましい者を引き立てて何が悪いという態度だ。
右近が外出せず役宅にいる日は、惣一郎はどこから聞き付けたのかふらりと現れ、右近の仕事の邪魔をするでもなく、ただのんびりと時を過ごしていく。
『そなたとおるのが一番心が休まる』
斯様な台詞を吐かれては、むげに追い立てるわけにもいかず、結局惣一郎の思うつぼとなる。
過日、膝枕でうたた寝した惣一郎の顔を思い出し、ふと右近の頬が弛んだ。
「右近さま、どうぞ」
白湯を差し出す仁平が、つり込まれるように目を細めた。
「いかがした?」
「いえ、別に。右近様があまりにお優しい顔をなさるので」
「ばかもの。普段とかわらぬわ」
右近はすまし顔で茶碗を受け取り、ゆっくりと白湯を口に含んだ。
つづく
*柏餅:柏の木は新しい芽が出るまで葉を落とさないことから、「家督が絶えない」縁起物とされたそうです。右近と惣一郎を前に、山盛りの柏餅はさぞ嫌味でしょう(;^^)
*登城:節句の日は大名・旗本が式服で江戸城へ参り、将軍にお祝を奉じます。藩主・惣一郎はもちろん、留守居役たる右近も忙しいわけです。
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