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皐月に入り、西の丸館では池の端で菖蒲が咲き始めた。天気の定まらぬ日が増えてきたものの、晴れの日には、三郎主従は林へ分け入り木いちごを採ったり、笹団子を作ったりと、長閑な日々を送っていた。
そんな風景とは裏腹に、筆頭家老・溝口主膳とその嫡男、誠之進には悩みの種があった。『緑風会』という中・下級藩士の集まりだ。
江戸の儒学者で早坂甚斎と名乗る者がいる。城下の儒学者、佐伯羅山と同門で、その縁で高山を訪れた。もうかれこれ四ヶ月以上逗留しているが、近頃では他の高弟と交代で病がちな佐伯の代講を勤めるなど、すっかり佐伯塾に根を降ろした感がある。
早坂の講義は人を飽きさせぬ語り口で明解、塾生たちは熱心に聞き入っているという。それはそれで結構なのだが、この早坂が近頃『緑風会』との関わりを深めている。
『緑風会』という団体、いわゆる藩政研究会である。昨年の秋くらいから活動を始めたらしい。若手がここで知恵を絞り、具体的な案が出れば家老座に進言しようというものだ。誠之進らが国許を離れている間、若い中老の堀が時々招かれて彼等の聞き役になっていた。誠之進の親友、櫻田右近の元部下で勘定方の若手、筧真之介も『緑風会』に名を列ねており、筧に請われ、誠之進も帰国早々一度集まりに参加した。
右近の置き土産である、主要産品の専売制に加え、領民の暮らしを豊かにする新たな特産品につき、活発だが和やかに討論が進んでいた。
ところが春先から会に早坂甚斎が現れ、微妙に空気が変わった。
早坂は一見穏やかな風貌で煽動家のようには見えないが、藩財政の立て直しには殖産振興もさることながら、諸事倹約が第一ときびしく奢侈を戒める。その矛先は暗に江戸藩邸に向けられた。
「国許の藩士領民が身を粉にして働くも、江戸藩邸の入費が膨れるばかりでは、ざるで水をすくうがごとし」と言うわけだ。
もともと江戸の宝寿院や惣一郎に反感を抱いていた中・下級藩士の心を動かす教えである。高山が洪水に見舞われ、家臣が『半知御借上』(俸給の五割カット)を耐え忍んでいた時期、江戸藩邸の派手な暮らしぶりが国許にも伝わり、家中の者の多くは眉をひそめた。
ようやく暮らしが安定してきた今、中・下級藩士も一昨年の恨みを忘れ、将来に目を向け始めたところを一一。
(寝た子を起すような真似をしてくれる一一)
二度三度と早坂の講義を聞くにつれ、筧真之介が不安に思い始め、誠之進に耳打ちした。
「誠之進様、佐伯塾に逗留している早坂甚斉なる儒者、いかなる素性かご存知でしょうか?」
「あの者がいかがした?」
早坂は数回、佐伯の代講として西の丸を訪れている。誠之進が留守のことが多く、顔を合わせたのは一度きりだ。三郎とともに早坂の講義を聞いたとき、誠之進の第一印象はあまり良いものではなかった。
(弁が立ち過ぎる)
学識が高く頭が良いのは認める。なれど、同じ秀才でも友の櫻田右近と違い、多弁な早坂に誠之進は好感を抱けない。
藩士の前で奢侈を戒める際、早坂は決まって三郎を引き合いに出す。折しも、三郎よりふたつ年上の米沢藩・上杉治憲(鷹山)が、明和4年に藩主となって以来、大胆な藩改革に乗り出していた。早坂は高山藩が習うべきは米沢藩であるという。常日頃は木綿の着物で過ごし、学問・武芸に励む、贅沢とは無縁の三郎を、ここ高山藩にも藩士・領民の心を知るお方がおわすと、早坂は口をきわめて褒めそやすのだった。
惣一郎を直に糾弾する言葉は使わぬ一方で、早坂の弁説は巧みに三郎の徳をたたえた。
もともと三郎贔屓だった中・下級の藩士は、早坂の言葉に勢いづいた。
「まこと、我らには三郎ぎみがおられる!」
「ご分家後はいずこに住まわれるのか?」
「知行地になど移り住まず、ぜひとも御城下に留まっていただきたいものじゃ」
今のところ三郎の後見たる誠之進が気を配り、三郎と『緑風会』の直接的な接触はなかったが、よほどの強権を発動して取り締まらない限り、会の活動はなかなか止みそうにない。
ここは一日も早い殿のお国入りをと主膳と誠之進は願う。国許の藩士たちの間で、惣一郎の評判は重臣たちが考えている以上に悪かった。若い堀や誠之進が彼等の中に入って説得を試みるだけでは不十分だ。惣一郎本人が国許の藩士の前に立ち、暗君でも暴君でもない、藩主として申し分のない人物との証をたてる必要があった。
*
三日ぶりの晴天。爽やかな風が平野を吹き抜ける、初夏の午後だった。
三郎と誠之進主従は久しぶりに竹刀を交えた後、井戸端で身体を拭いた。
今日は三郎が誠之進から一本取り、何やら得意満面である。もろ肌脱ぎになると、勢いよく井戸から水を汲み、濡らした手ぬぐいでごしごし胸や二の腕をこすっている。身体付きは少年らしさを残しながらも、滑らかな肌の下、しなやかな筋肉が三郎の骨格を覆いつつあった。
(お強くなったものじゃ)
先刻、己が竹刀で感じた三郎の打ち込みの激しさを思い出し、誠之進は秘かに嘆息した。
(ううむ。これは…時々小兵太と手合わせして、腕がなまらぬようにせねば)
武芸では万が一にも三郎に追い越されてはならぬと、気を引きしめる誠之進であった。
手早く自分の身じまいを済ませた誠之進は、三郎のもとへ歩み寄り、三郎が再び袖を通すの後ろから手伝った。 三郎の涼やかな項を間近に見て、誠之進はふと唇で触れたくなったが、
「えいっ」
三間ほど先の勝手口で、大柄な女中の「さと」が豪快に薪を割っていた。色気とはほど遠い「さと」の気合い声に、誠之進の邪な心は一瞬で萎えた。
「なんじゃ」
三郎が肩ごしにちらりと振り返った。
「いえ」
誠之進は小さく咳払いした。
(さようなことより、今日は例の件をお話せねば)
誠之進は前に回って三郎の衿を整えながら、何気ない風を装い、ある提案を持ちかけた。
「なに? 私にふたたび藩校へ通えというのか?」
三郎の目がおおきくなった。
「はい」
「なにゆえじゃ」
今の段階では、早坂甚斎を三郎から遠ざけたい、とは言えぬ誠之進であった。
一方、早坂を『西の丸お出入り禁止』にしては、誠之進の師でもある佐伯羅山に対して角がたつ。
「それは…やはりお屋敷で松之助と講義を受けるだけでは、若の世界が狭うなる気がしまして」
やむをえず苦しい言い訳をしてみたが一一。
三郎は黒目がちの瞳で誠之進を軽く睨み、
「確かに…出奔騒ぎからは一年近くたつ。ほとぼりも冷めたということか?」
「はい…そうお考えいただいてよろしいかと」
「何じゃ、そなたらしくない、煮え切らぬ物言いじゃの」
三郎はそう言い捨て、ふいと横を向いた。
三郎が藩校へ通い始めた十三歳の頃は、誠之進に認められたい一心で、背伸びする姿がいじらしかった。近頃の三郎は、ともすれば主人風を吹かすようになり、誠之進の進言を素直に聞かぬこともある。
生意気盛りのこの年頃。自分も通ってきた道ゆえ、わからぬことはない。振り返れば、誠之進も生島(溝口家の用人)を手こずらせたものだ。
さりながら、後見としてここで負けてもいられない。
「若が分家の当主となられたあかつきには、もはや藩校で学ぶわけには参りませぬ」
三郎は渋面を作った。
「…それは、私とてわかっておる」
「皆と泥まみれになって相撲を取るのも、水練の稽古をするのも、今年が最後にござりましょう」
『今年が最後』の言葉に、三郎の瞳が揺れた。
「いよいよ…正式に分家するのか?」
「おそらくは早ければ来春、殿のお国入りとともに一一」
首を垂れ、答える誠之進の胸中にも、様々な思いが去来した。
(その時が来れば…私もお役御免にござりますな)
誠之進にとっても、後見として三郎と共に暮らすのはあと一年あるかなしか。無論、三郎が分家を興した後もふたりの絆は変わらない。陰になり日向になり三郎を守っていくつもりだが、誠之進自身もいよいよ父・主膳の跡を継ぎ、筆頭家老を勤めねばならない。それが亡き大殿の遺言でもあった。
伏目がちに思案していた三郎が、おもむろに口を開いた。
「わかった。そなたの言う通りにしよう」
(ほう…意外にあっさりと承諾されたか)
「お聞き入れくださいますか」
思わず肩の力を抜いた誠之進だったが、
「だが誠之進、ひとつ頼みがある」
三郎が上目使いに見上げた。
「なんなりと」
「内藤弥一郎のことじゃ」
「それは…?」
「役目も決まらぬまま、屋敷で無為に過ごすのは気の毒じゃ。私が藩校へ戻るなら、弥一郎も誘ってやりたいのだが」
(何を言い出すかと思えば一一)
誠之進は奥歯をそっと噛みしめた。
内藤弥一郎は元次席家老の父、内藤帯刀の藩金流用が発覚し、謹慎申し付けられたとき、自らも身を慎んで藩校を辞めた。その後、亡き大殿の格別のはからいにより、弥一郎は連座の罪を問われず、家督することを許された。弥一郎本人は学問好きの温和な人柄だが、誠之進はやはり帯刀の血をひく息子を腹の底からは信用できない。
帯刀も未だ存命であり、また何を企むか知れたものではない。弥一郎がいかに好人物であっても、帯刀が健在なうちは弥一郎を藩政の中枢には置けぬというのが、誠之進や父・溝口主膳の本音だった。
加えて弥一郎は三郎を一一。
「誠之進」
返答を迫る三郎を、誠之進は苦い思いで見つめ返した。
「弥一郎殿は自らの意志で藩校を辞められたのです」
「いかにも、その通りではあるが一一」
「若がご心配なさることではござりませぬ」
「誠之進、それはちと冷たいのではないか」
三郎の声に不快感が滲んだ。
「若」
「なんじゃ」
「弥一郎殿はとうの昔に元服なされ、今や知行地を治める内藤家の当主。もはや藩校で学ぶべきことはないと存じます」
「誠之進…」
低く呟き、ひたと視線を当ててくる三郎。
「よかろう」
「三郎ぎみ…?」
「ともかく私は再び源蔵らと藩校へ通おう。なれど一一」
三郎は一旦言葉を切り、
「弥一郎がことは、そなたの許しを得る必要もないな」
「若っ」
「いかにも弥一郎は己の意思で藩校をやめたが、戻りたければそれも己の自由じゃ」
静かだが、断固とした口調で言い切った。
「…仰せの通りにござりますな」
誠之進は伏目がちに一礼した。
三郎の物言いに少々腹が煮えたが、誠之進はそれ以上の反論は控えた。
「夕餉まで部屋で書を読む。そなたも好きにしてよいぞ」
「…かしこまりました」
(離れの部屋にお招きし、碁でも打とうかと思うていたのに)
多忙な誠之進にとって、今日は久方ぶりの休みだったのだ。三郎と水入らずで過ごそうと思っていたところ、つまらぬことで言い合ってしまった。
竹刀片手に去って行く、三郎のびやかな後ろ姿を、誠之進はほろ苦い思いで見送った。
つづく
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