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高山城、西の丸。
北風が肌を刺す季節となった。
昼近く、鉛色の空の切れ目から陽が指し始め、勝手口あたりに心地よい日だまりができた。
これを逃してなるものかと、お福、源蔵親子が忙しく立ち働いている。
お福はきれいに皮を向いた柿を、ていねいに連(柿を吊るす紐)に下げていく。
できた端から源蔵が軒先に吊るしていくのだが、足台代りにした木桶の高さが足らず、どうにも具合が悪い。
「ほら、おらに貸してみな」
背後から女中の『さと』の野太い声がした。
源蔵が肩越しに振り返れば、背に張り付かんばかりの距離に、さとの大柄な身体があった。
台に乗った源蔵よりも背が高い。
さとは源蔵の手から柿の連をもぎとると、楽々と軒先に吊るした。
「ほら、次」
にっこりと促されるも、
「余計なことはせんでいい。おまえは薪でも割っておれ」
源蔵は台の上に踏みとどまり、胸をはった。
しかしお福はさとを頼もしげに見上げた。
「源蔵、さとにやらせればよい。そのほうが早い。おまえは中で昼の味噌汁でも作っておくれ」
「母上っ…」
源蔵は渋面を作ったが、どうみても母の言に一理ある。
「ほれ」
意地を張るほどの事でもなしと、さとに柿の入ったざるを押し付け、台所へ戻った。
西の丸の『さと』と言えば、城下でも名物の大女。
数年前、女中の求人に応募してきたのを、なぜか三郎が気に入って雇い入れた。
なりは金太郎のようだが、素朴で働きもの、そして口のかたい『さと』は、お福も拾い物だと思っている。
源蔵もその点は承知だが、女のくせに背は五尺八寸近く、米俵も平気で担ぐような馬鹿力には圧倒される。そのさとが妙に源蔵には親切で、度々力仕事を代ってくれようとするのだが、それがかえって小柄な源蔵の劣等感を煽るのだった。
さとは残念そうに源蔵の背を見送るも、すぐに気を取り直して、せっせと軒先に柿を吊るしていく。背後で足音がしたので首だけねじ曲げて振り返ると、旅装の吉田小兵太が立っていた。
「あ、吉田様、おけえりなせえましっ」
さとは柿を手にしたまま、小兵太に向き直って一礼した。
「うむ」
小兵太は笠の下、寡黙にうなずいた。
いつもなら散々軽口を叩く小兵太が、
「…濯ぎ水を頼む」
眉間に皺を寄せてざとに命じると、台所の土間へと入っていった。
昼間のことゆえ、三郎は藩校、誠之進は未だ城中にあり、台所以外、西の丸館はひっそりと静まり返っていた。丁度昼時で小兵太はお福たちと一緒に台所で昼餉を食した。今町から届いた干物を炭火で炙り、里芋の煮付けと根深汁がついた。久しぶりのお福の飯はうまかったが、小兵太の箸は進まなかった。隣りで『さと』がどんぶり飯三杯を平らげる姿に呆れながら、旅の疲れを言い訳に、小兵太は早々に長屋へ戻った。
***
夏の終わり、吉田小兵太は今町の廻船問屋『中村屋』の船で大坂へ向けて旅立った。
表向きは高山藩・大坂藩邸での剣術指南であったが、実際は筆頭家老・溝口主膳の命を受け、任を解かれた元・次席家老・内藤帯刀の近況を探りに出かけたのだ。
ところが大坂の豪商『桝屋』の寮にいるはずの帯刀とその弟・嶺次郎は、廻船問屋『島崎屋』の船で九州へ航海に出たという。
(とうとう桝屋でも持て余し始めたか、それとも奴さん、何か別の考えがあってのことか?)
内藤帯刀は三郎と本田家の養子縁組をまとめきれず、仲介役となった田安慶久の不興を買った。これまで帯刀は藩主・惣一郎の母、宝寿院と結び、宝寿院の兄でもある田安慶久の後ろ盾を得て、藩政の実権を握るべく様々な企てを試みた。
だが陰謀はことごとく失敗し、今は家督を嫡男・弥一郎に譲り、隠居の身となった。
筆頭家老・溝口主膳が、何故未だに帯刀の動向を気にかけるのか。
正直小兵太には計りかねるのだが、何と言っても主膳はもうじき小兵太の舅となる。
主膳の娘・志保と小兵太は、ようやく主膳の許しを得て、年内にも祝言を上げる運びとなった。その主膳に『祝言前にひと働きせよ』と命じられれば、否も応もないのだった。
結局、大坂での諜報活動はさしたる収穫もなく、滞在をひと月足らずで切り上げると、小兵太は帰りは陸路、京に上り、中山道から北国街道へと進んだ。
中山道は険しくとも、小兵太はのんびりと一人旅を楽しんだ。祝言を前に、これで俺様も年貢の納め時かと、善光寺では『精進落とし』と理屈をつけ、食売女と飲めや歌えの大騒ぎで一夜を過ごした。溝口家に養子に入るわけではないが、妻を娶り筆頭家老の一族に連なれば、今までのような自由気ままな暮らしはできまい。
本音を言えば、家老の娘を嫁にするのは少々荷が重い。少々どころかかなり重い。
誠之進とは友として肝胆相照らす仲だが、溝口家の一員になれるかというと、それはまた別の話。
(…ったく。野生の猿に紋付袴を着せるようなもんだぜ)
そこまで窮屈に思いながらも志保を娶る決心をしたのは、
(あそこまで一途に思われてはなあ…)
小兵太が三郎の馬廻りになってからは、志保は西の丸の長屋を足繁く訪ない、せっせと小兵太の世話をやき、着物を縫う…。ほとんどおしかけ女房状態の志保に押し切られた格好だ。
だが小兵太は、いつの間にかそれをいじらしいと感じ、明るく勝ち気な志保を憎からず思うようになった。
『窮屈さ』を受け入れることが、小兵太なりの志保への愛情の示し方だったのだ。
さて善光寺を過ぎれば信越国境は目の前だ。
小兵太は独り身の暮らしに区切りをつけ、気持ちも新たに関川の関所を通り高山領内へと入った。
ところがである。関川宿よりこちら、宿場宿場で小兵太は嫌な噂を耳にした。
「お世継ぎができぬのは殿の『あの者』への御寵愛がすぎるからじゃ」
「ご正室は放ったらかし、側室をおすすめしても、見向きもされないとか」
「まずいのう…このままでは殿は一子もなさず、御家は断絶じゃ」
「聞いたか」
「今の殿に子ができぬのは、どうやら男狂いが原因だそうな」
「はて、それは解せぬのう」
「殿様は若い頃から吉原でさんざ遊ばれたのでは?」
「おぬし、知らんのか」
「殿が今ご執心なのは、ほれ、元・勘定吟味役、家中一の美男殿じゃ」
「まさか…っ。あの切れ者が…殿の閨に侍っておるのか?」
「何でも数年前から江戸藩邸では有名な話らしいぞ」
「皆、見て見ぬ振りをしておる」
「尻奉公のかいあってか異例の出世を遂げ、今や江戸留守居役じゃ」
「これはたまげた。藩校時代、いい寄る者を片っ端から袖にして、お高くとまっておったものを」
「前髪を落とした後、殿を釣り上げるとは、いやはや恐れいったな…」
小兵太は右近へのあからさまな中傷を聞いた時、怒りのあまり相手に殴り掛かったが、行く先々で似たような話を耳にするにつれ、背後で誰ぞが糸を引いているような気がして薄ら寒くなった。
*
加えて、噂の真偽を確かめるにしても、誰に聞くべきなのか。
「勘弁してくれい」
小兵太は着流し姿でごろりと畳にひっくり返った。天井の木目とにらめっこしてみたが、妙案が浮かぶ訳もなし。
(斯様な話、迂闊に誠之進には切り出せぬ)
右近と誠之進は恋仲ではないが、藩校時代からふたりの友誼は深く、余人には立ち入りがたいものがある。
(さりとて俺が黙っていても、領内でこれだけ噂になっておれば、誠之進の耳に入るのも時間の問題か…)
藩校時代、衆道を忌み嫌っていた右近を守ろうと、誠之進が幾多の立ち回りを演じたこと、小兵太が一番良く知っていた。今の誠之進には三郎がいるとはいえ、『右近が殿の閨に云々…』などという話、面白かろうはずがない。
(ましてや右近が『尻奉公』などと言われた日には…俺でさえ殴り掛かったのだ。…こりゃ血の雨が降るな)
小兵太はこの春、諸国漫遊を終え、三郎一行に合流して一時江戸に滞在したが、既にその頃三郎たちは中屋敷に移っており、小兵太自身は惣一郎に拝謁どころか上屋敷に足を踏み入れてさえいない。(青嵐 『寒椿』) 小兵太は右近の『留守居役』の顔は見たものの、『殿様のご寵愛ぶり』など想像できぬのだ。
されど右近本人に尋ねるのは、いかに厚かましい小兵太でも抵抗がある。
(弱ったのう…)
小兵太は頭を抱えた。
(上屋敷には彦四郎が剣術指南で出入りしておるが、あやつはさようなことに鈍感ゆえ、はてさて…)
されど結局のところ、噂の真偽のほどよりも、新藩主の行状につき国許で非難がましい噂が流れているのは由々しき事態だ。初のお国入りも果たさぬうちに不穏な空気が醸成されるのはまずい。
明日にも溝口家に出向いて主膳に帰国の報告をせねばならないが、この件をどう伝えるか。
筆頭家老の愛娘との祝言を控え、逆玉のなんのと周囲に冷やかされながらも、吉田小兵太は浮かれるどころではなかった。
つづく
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