八の巻
「行く春」2




by 戸田采女

 桜の下で主従和やかに中食を取った後、右近は惣一郎と堀田を池のほとりの東屋に誘った。茅葺き屋根で三方を杉板で囲み、中には丸太で作った腰掛けが設えてある。堀田の足のこともあるが、御座之間で対面で話すより、親しい雰囲気で話がしやすかろうという配慮だ。周りに植えられた沈丁花が、仄かに甘い薫りを漂わせていた。

 右近は堀田の来訪の真の目的を知っていた。
昨年暮れに届いた、筆頭家老・溝口主膳から右近への書状。それとほぼ同じ内容が、主膳から巣鴨の堀田にも知らされていた。隠居の身であるが、堀田は未だに惣一郎に対しては絶大な影響力を持つ。お国入り前に、決して耳障りがいいとは言えぬ国許の現状を伝える相手として、主膳は堀田を選んだのだった。

(やはり私では荷が重すぎた)

 右近の正直な気持ちである。堀田ならば、惣一郎に対して遠慮なく、慈愛を持って諌言できるだろう。自分はやはり惣一郎に対し、上から物を言うことはできない。

 右近が小姓を下がらせ人払いを命じ、いよいよ三人だけとなった。
惣一郎の向かいに堀田と右近が並んで座った。
鶯の長閑な鳴き声を背に、堀田がおもむろに口を開いた。
「殿は…大殿が描かれた国許の絵をご覧になったことは?」
「はきとは覚えておらぬが…江戸にあったかのう、右近?」
右近の記憶にもなかった。
おそらく国許に残っているのではないか。
「ならばお国入り後でも構いませぬ。とくとご覧になることじゃ」
「爺は見た事があるのか?」
「はい。大殿の御領地への思いが伝わってきますぞ」
「あいわかった」
素直な惣一郎に、堀田は満足げにうなずいた。
「実は私も留守居役を拝命する前、先々代・信清公のお供で国許へ行っておりまする」
「ほう、初めて聞くな」
「あちらの冬は厳しゅうてな。何せ雪深いし、真冬には小便が凍るかと思う日もござった」
まことか、と右近を見る惣一郎の目が大きくなった。
右近はゆっくりうなずき、
「江戸の冬とは比べものになりませぬ。雪深いだけでなく、荒れた天気の日も多く、風が強うございます。お城へ上がるのも一苦労。皆、難儀しておりまする」
「さようか」
「されど、その長い冬を耐え、迎える春の美しさは格別で」
右近は妙高の山々や城下の桜を瞼の裏に描いた。
江戸の水に馴染んだとはいえ、国許で生まれ育った右近には、堀田とはまた別の、故郷への思いがあった。
「殿、まず最初の一年が肝心ですぞ。城の中にばかりおらず、ぜひとも領内をお歩き下さい」
「うむ、余もそのつもりじゃ。三郎が案内すると言うておる」
堀田は一瞬右近と目を合わせたが、何もかも心得た顔で、
「それはようござります。三郎ぎみもお兄上のお国入りを心待ちにしておられるでしょう」
晴れ晴れとした声で言った。
「ああ、先日文をもろうた」
惣一郎も目元を優しく和ませた。

(ほう…それはまた)

 『緑風会』の一件を鑑み、三郎なりに配慮しているのかと、右近は胸の内で呟いた。
堀田は目をしばたたかせ、
「ご兄弟、仲良く轡を並べてゆく様が目に浮かびまする」
こくこくとうなずいた。
「父上が好まれた景色を、余も見てみたいのじゃ」
「是非、そうなされませ」
惣一郎が国許の風景を、絵を描く対象として見ているのはわかった。
だが、いきなり政務がどうというより、まずは惣一郎に高山を好きになってもらうことが重要と、右近は考えていた。

「さて、殿におかれましてはーー」
容(かたち)を改めた堀田に、
「お国入りにあたり、お心に留めていただきたき事がござります」
「わかっておる。本日もそのためにまかり越したのだろう?」
「ご明察、恐れ入ります」
「ほかならぬ爺の言葉じゃ。真面目に聞くゆえ申してみよ」
「はっ」
堀田は深く頭をさげ、
「ではお聞きくださりませ」
面を上げた。
右近の頬にも我知らず緊張が走った。

「まず、江戸藩邸の暮らしを支える者は、当然ながら江戸詰めの藩士ではなく、御領地の藩士・領民でござる」
「うむ」
「我ら江戸詰め藩士の俸給も、殿や宝寿院様、綾姫様のお召しもの、食される米の一粒に至るまで、国許で額に汗して働く百姓がおればこそ」
惣一郎は無言で堀田を凝と見た。
「百姓がおらねば、我ら武士の生活は成り立ちませぬ。百姓はまさに国のもと。江戸にいては、つい忘れがちになることなれど、藩主が肝に銘じておかねばならぬ一事にござる。お国入りの後は自ら御領内を歩き、広大な田畑や領民の姿を見て、それを肌でお感じいただきたいのじゃ」

 遠回しな言い方だが、江戸藩邸の消費生活は、すべて国許の労働の犠牲の上に成り立っているということだ。

「右近殿、ここ数年の出来事につき、貴公から殿に申し上げよ」
いきなり話を振られ、右近は戸惑ったが、

(すべてを堀田様任せにしてはならぬ、ということか)

 瞬時に堀田の意を察し、右近も思うところを述べようと思った。
「殿、明和三年と四年の大洪水、旱魃の話はお聞き及びでしょうか」
「聞いたような気もするが…」
その頃は右近は国許、堀田は隠居して惣一郎の側にはいなかった。
二人の他に、斯様な話を惣一郎の耳に入れる者はおるまい。
藩邸でなく中屋敷で暮らしていた若殿の惣一郎が、仔細を知らなくても致し方ないだろう。

 当時、藩庁の災害対策と平行して、筆頭家老・溝口主膳は元次席家老・内藤帯刀の横領疑惑の調査を単独で行っていた。右近も主膳の懐刀として存分に働いたが、あの難局にあたり、藩政の舵取りを行った主膳の手腕は並大抵のものではない。

(私も誠之進もまだまだ及ばぬな…)

 主膳の厳しくも暖かいまなざしを思い出しながら、今、お国入り前にこれを惣一郎に話しておくのは、自分の仕事なのだと己を鼓舞した。まずは国許の藩士が江戸の奢侈を憎む、『半知御借上』に至った経緯を話さねばなるまい。

「明和三年の災害復旧に藩の金を使い果たし、続く四年の旱魃による凶作で、藩財政は破綻寸前でした。江戸、大坂の金主にさらなる借財を断られ、藩士・領民が飢えるどうかの瀬戸際、今町の商人たちから莫大な御用金を取り立て、救い米を手配し、我が藩は窮地を脱したのです」
「…さほどに切羽詰まった事態であったか」
惣一郎が苦々しく呟いた。
藩の借財の件については、江戸の惣一郎もある程度承知していたはずだ。

「私自身も溝口主膳様の名代のひとりとして今町に出向き、商人との交渉を行いました」
言いながら、右近は商人との会合
(『下弦の月』十七『磯貝』)を思い出していた。あの日、心の乱れから体調不良だった自分に代わり、交渉をまとめたのは誠之進だった。
「商人には多大な負担を強いましたが、我ら藩士に対しても、その前年から『半知御借上』が施行されておりました」
小首をかしげた惣一郎に、
「家老から下士に至るまで、俸禄を半分に減らされたのじゃ」
と、堀田が説明した。
「なんと…」
惣一郎が瞠目した。
「上士も大変でしたが、下士の暮らしは相当逼迫しました。皆、内職に精を出し、何とか家族を食べさせた次第で」
続ける右近に、堀田が励ますように目を合わせた。
「この時、江戸にも『半知御借上』のお達しが出ましたが、残念ながら徹底されず、それを知った国許の藩士の心に不満を残しました。幸い、明和五年より作柄は好転、今町湊の廻船問屋の商いも順調で、安定した運上金が入るようになり、『半知御借上』は終了となりましたがーー」
惣一郎がならばめでたし、と目を輝かせた。
「殿」
それがいけませぬのじゃ、と堀田が小さく首を振った。
「よろしいか、殿。国許は二年続きの災害に見舞われ、ようやく立ち直り始めたところ。用水の普請が間に合わぬ村々は、今も雨水頼みじゃ」
右近も真摯な声音で続ける。
「我が藩の河川の治水・利水はまだ道半ば。藩財政も破綻は免れたとはいえ、未だ余裕はありませぬ。いつ何時、また洪水に襲われるやもしれませぬ。作柄の良い年があったからと言って気を抜いてはならず、国許の藩士は質素倹約を常日頃から心がけております」
「主膳殿や堀藤十郎など重臣たちも、江戸に比べれば随分と地味な暮らしをしておりますぞ」
「先の大殿も常の食事は一汁三菜、あわや飢饉の年には一汁二菜で過ごされたよしにござります」
「父上が?」
「さようにござる」
堀田がしかとうなずいた。

 しばし三人の間に沈黙が流れた。
池の鯉が音をたてて跳ね、再び水中に没した。
鯉の残した波紋を惣一郎が無表情に眺めている。

「殿、恐れながら…」
右近が躊躇いがちに切り出した。
「何じゃ、申してみよ」
右近は深く頭(こうべ)を垂れた後、
「先の大殿に倣い、自らも身を慎み、藩士領民と艱難辛苦を共にする覚悟を持つ事、そしてーー」
「そして?」
「それを自らの行いで下々に示すことが肝要かと」

(堀田様の前で、己のような若輩がここまで言っていいものかーー)

 悩みつつ口にした一言だった。

「右近殿、よう申した」
堀田が力強く同意した。
「若」
堀田はつい昔の呼び方に戻ってしまったようだ。
「実はな、お若い頃の吉原通い、宝寿院様の贅沢は、藩士領民の口の端に上って久しいのじゃ。江戸勤番を終えて帰国した者たちから、斯様な話は嫌でも伝わってしまうものでな」
「なるほど」
惣一郎が軽いため息をついた。
「その思い込みを払拭し、若が尊敬に値する藩主となるは、容易いことではありませぬ」
右近が息を詰めて見守る中、堀田は諄々と諭した。
「藩士たちは若の一挙一動を注視しておりますぞ。まずは目に見えるところからじゃ。例えば、お食事もですが、行事などは別として、常日頃は木綿の着物をお召しになり、その姿を藩士領民に見せるがよろしいかと」

 惣一郎が頷きながらも、わずかに眉を寄せた。
わかっている。
絹物と木綿では肌触りが雲泥の差。
『なぜそこまでせねばならぬ』と惣一郎の目が語っていた。
されど、これが江戸と国許の価値観の差だ。
藩主の召し物として江戸では普通の絹物が、国許では奢侈と映る。
木綿の着物を着て、藩校へ通っている三郎への評価はどうだ。

(斯様な瑣末ことで、三郎こそが藩主の器などと、言わせておいてはなりませぬ!)

 『緑風会』とやらの考えが藩士の総意ではあるまいが、惣一郎に対する一部の反感は根強いものがありそうだ。何の心構えもなしに領内に足を踏み入れ、江戸とは異なる空気に曝され、傷つくのは惣一郎である。

(貴方様こそが、名実ともに高山藩の藩主なのですぞ…っ)

 右近は心の中で強く叫んでいた。

 堀田は根気よく続ける。
「よろしいか。江戸と国許の金銭感覚は全く違うとお考えくだされ。正直申して、江戸では何事も金がなくては動きませぬ。諸式高騰の折、藩邸の入費はもちろん、それがしも留守居として組合の宴席、幕閣要人への付け届けにどれだけ散財したか知れませぬ」

 右近もその事は身に染みていた。矛盾を感じながらも、そこで金を使わなければ、十分な情報収集もできず、例えば莫大な費用を要する江戸城石垣の修復など、幕府にとんでもない賦役を課され、結局は藩として大損の憂き目を見る。

「なれど、江戸の感覚をそのまま国許に持ち込んで、無頓着に金を使えば、度し難い阿呆に見えまする。国許育ちで江戸を良く知る右近殿には自明の理じゃな」
堀田は一度右近に同意を求めた。
「はい。その通りにござります」
右近は惣一郎の方を見て、しかと頷いた。
「そこでじゃ、若。藩主自ら質素倹約に務め、藩士・領民の心を掴んでおけば、どれほど統治がしやすいか、おわかりか?」
堀田は惣一郎をしかと見据えた。
「近隣の天領は百姓一揆が頻発し、難儀しておりますぞ」
「まことか」 
「わが藩が災害に見舞われても、国が乱れず恙無く過ごせたは、領民を大切にする先の大殿と、そのお心を形にした家老座があったからこそ」
「父上もだが、…それは主膳の功績じゃな」
微笑とともに、ため息をついた惣一郎に、
「御意」
と堀田が白髪頭を下げた。
「若も国許の仕置きについては、万事、主膳殿に図られるがよろしかろう。主膳殿のなさることに間違いはない」
「爺がそう言うのなら」
深い声で答えた惣一郎に、堀田の目が潤んだ。
「藩主自ら質素倹約を旨とし、仁愛を持って国を治むべし」
「うむ」
「…爺の遺言と思し召されよ」

 はっと胸を突かれた右近の横で、
「何を言うか爺、その手には乗らぬぞ!」
惣一郎が即座に切り返した。
「先ほどとて、若い者と同じように弁当を平らげたではないか? まだまだ、くたばりはせぬ」
「本日は若の顔を見て食欲が湧きましてな、料理もまことに美味でござった」
惣一郎と堀田は顔を見合わせて、陽気な笑い声をたてた。
ひとしきり笑うと、惣一郎が、
「案ずるな、爺。同じことを父上にも言われたわ」
「大殿に?」
「予が家督する際、藩主の心得を申された。領内をよく見て回れと言われた。『士卒数千人の暮らしを支えているのが本当は誰なのか、己が目でしかと見ておくことだ』とな」
「大殿がさようなお言葉を…」
堀田はわずかに涙の滲んだ眼をしばたたかせた。
「やはり親にござりますな…」

 右近も鼻の奥が熱くなり、思わず天を仰いだ。

 病を得て床に伏し、惣一郎と三郎の行く末を思いながら、何者かの手によって、突然命を断たれた信輝公だった。

 様々な思いが去来した右近の耳に、
「父上と爺の言葉、しかと胸に刻むゆえ、案ずるな」
労るような惣一郎の声が聞こえた。

「少し風が出てきたな。爺、中へ戻るか?」
「御意」
東屋を出た後、惣一郎が先に立って歩き始めた。
「ほれ、爺。敷石につまずいては危ない。予が手をひいてやろう」
惣一郎が半ば冗談のように差し出した手を、
「たわけたことを申されるな」
堀田は軽く払いのけた。
「若に手をひかれるほど、耄碌(もうろく)してはおらぬ」
「それは心強いのう」
「ひとの事より、ご自分の心配をなされませ」

 右近は惣一郎と堀田にしばし距離を置いて付き従った。
軽口に紛らわせつつも、堀田を労る惣一郎。
一方で、惣一郎の前で老いを見せまいとする堀田。

 前をゆく二人の他愛ないやり取りが、右近の胸に沁みた。

 柔らかい風を頬に感じ、見上げた空には、朧な春の雲が広がっていた。

つづく


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イラストは「十五夜」さんからお借りしています。


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