八の巻
「行く春」5




by 戸田采女

 十日後、大坂勤番の堀田の嫡男、芳太郎の江戸入りを待って、高山藩・前留守居役、堀田又左衛門の本葬が深川・霊巌寺でしめやかに営まれた。小雨が時折ぱらつく中、堀田を偲んで多くの参列者が集まった。懇意にしている福山藩阿部家を始め、帝鑑ノ間の留守居組合の面々、心易い旗本や老中の家からも用人や家臣が訪れた。
 
 読経が流れる中、右近は添役の小野田とともに、ひとりひとり丁寧に応対した。葬儀が終わると、藩士たちはそれぞれの持ち場で片付けにあたった。参列者の最後のひとりまで見送った後、右近は堀田又左衛門の嫡男・芳太郎と、庫裏の小部屋で改めて対面した。

 「堀田又左衛門が嫡男・芳太郎にござる。大坂藩邸にて米銀方を相務めまする」
「遠路はるばる、ご苦労様にござりました。それがし、留守居の櫻田右近にござります」
芳太郎と礼を交わし、右近は僅かに緊張を覚えながら、相手を正面から見た。
 
 年の頃は三十過ぎだろうか。右近よりは年長に見えるが、堀田の年からすると若い息子だ。中肉中背、顔の作りはなるほど堀田の面影があるが、ごく普通の真面目な役方の侍に見えた。

 役職は右近が上ながら、年長者の芳太郎に対し敬語を使った。
「此度はご愁傷様にござりました」
右近は改めて哀悼の意を表した。
芳太郎も右近に黙礼を返す。
「生前、父が大変お世話になりもうした」
「それがしこそ、江戸詰を仰せつかって以来、堀田様には長きに渡り、ひとかたならぬご指導、ご鞭撻を賜って参りました」
芳太郎がゆっくりと頷いた。
「殿の側仕えから、わざわざ貴殿を留守居に引き抜いたのです。よほど期待をかけておったのでしょう」
「それがしなど、まだまだ若輩で…」
右近は小さく首を振り、曖昧に微笑んだ。
「ご謙遜を」
芳太郎は一度言葉を切った。
「櫻田殿は武芸もよくなさるとか」
右近は苦笑した。
「今や宴席続きで、素振りもろくにできておりませぬ」
「ほう、時間があれば稽古をなさりたいのですな」
「はい。それはもう」
右近は目を輝かせてうなずいた。
芳太郎は目を細めて軽く息をついた。
「それがし、武芸はからきしにござる」
一部を除き、勘定方の侍は大体そんなものだ。
気にされずとも、と右近は思ったが、
「武芸も、と申し上げるべきか。真面目だけが取り柄の凡夫にござる」
何やら雲行きが怪しくなった。
「此度は江戸におらなんだとはいえ、それがしは嫡男の役目も果たせず、まったく面目ない次第でーー」
「いえ、決してそのような」
「櫻田殿には父の葬儀まで取り仕切っていただき、お礼の申しようもござらぬ」
芳太郎の口調は穏やかだが、生暖かいものを含んでいた。
右近はそれを敏感に察したが、
「それがしは殿の命に従ったのみ。留守居としても新米ゆえ、いたらぬ点は平にご容赦くださりませ」
ひたすら低姿勢を貫いた。
「何をおっしゃる。父が後継と見込んだ貴殿に、いたらぬ点などあろうはずもない」

 芳太郎の声は不自然なほどに明るかった。

 頭を垂れたまま応えぬ右近に、
「堀田家の菩提寺は小石川にて、時々参ってやってくだされ」
芳太郎が再び押さえた声音で言った。
「はい、必ず。ご家族の皆様も、どうぞお力落としのなきよう…」
右近は頬を引き締め、芳太郎の前に平伏した。



 いつの間にか、雨が上がっていた。
雲の切れ目からさす薄日が、葉桜の間からこぼれていた。

 参列した藩士のほぼ全員が霊巌寺から引き上げ、最後に右近と小野田のふたりだけとなった。敷地内にある前藩主・信輝公の墓所に参ったのち、ふたりは騎馬で藩邸に向かった。

 時の鐘が鳴っている。陽の傾き具合から見て、申ノ刻(午後四時)か。

 轡を並べて隅田川沿いの道を行きながら、右近が話しかけた。
「小野田、そなた芳太郎殿と面識はあるのか?」
「…はい」
小野田が一瞬返事をためらったのを、右近は見逃さなかった。
「そう言えば、年も近そうじゃな」
「はあ、さようで」
歯切れの悪い小野田だったが、
「よい、またにしよう」
葬儀を終え、右近もさすがに深い疲労を感じていた。
芳太郎のことは心にひっかかっていたが、それ以上追求しようとはせず、
「そなたも一日ご苦労であった」
まめに動いてくれた部下をねぎらった。
「櫻田様こそ、お疲れさまでした」
小野田も暖かい目の色で応えた。

「少し走りたい。すまぬが先に行くぞ」
右近は言い置くと、馬の脾腹を蹴った。
「ではまた明日!」
見送る小野田の声を背に、右近は栗毛の馬に軽く鞭をあてて走った。



 祖父のようであり、師であり、大きな後ろ盾である堀田を失った右近。
堀田の死から十日あまり。藩葬という堀田への最後の奉公を終え、ようやく自身の哀しみを解き放った。

 小野田と別れ一人になり、押さえていた涙がとめどなく溢れた。
視界が曇り、もはや走ることはできず、右近は手綱を引いて減速させ、並足で馬を歩かせた。

 馬上で涙する右近を、時折すれ違う者が怪訝そうに見ていく。

「おっかあ、きれいなお侍さんが泣いてるよ」
「これっ」

 野菜を背負った百姓の親子連れが、そそくさと右近の傍らを通り過ぎていった。

 胸が潰れそうな喪失感に、右近はひたすら耐えていた。

(もっと頻繁にお訪ねすればよかった)

(まだまだ学びたいことが沢山あった…)

(斯程のお引き立てに対し、まだ何もお返しできておらぬっ)

 医師に大往生と言われても、右近は心の底では無念でならなかった。

 今思えば、明和元年、堀田が最初に隠居する時、自分を添役に推挙したのも不思議な話だった。
後に人づてに聞いたところでは、当時、怖いもの知らずの若さで惣一郎に諌言していた自分を、堀田が目に留めていたらしい。それでも嫡男・芳太郎に言われたように、若殿側仕えの自分をいきなり留守居部屋へ引き抜くなど、随分思い切った行動だった。

(いったい、何故私をそこまでーー?) 

 幾度となく浮かんだ疑問だった。

 昨年、信輝公が亡くなる前、内意を受け堀田が留守居役に復帰した時も、堀田は添役となった右近を諸藩の留守居に引き合わせ、対外的に自分の後継として紹介した。同時に、留守居部屋内部でも静かに改革を断行した。罷免になった前任者、岩田の派閥に属した者は一掃された。残った古株の者たちは極めて協力的で、右近はすんなりと留守居役におさまった。留守居部屋での経験の長い、小野田を添役にしたのも絶妙の人事だった。

 堀田はそこまでの地ならしをして、留守居部屋を去っていった。

(惣一郎様のために、私が必要だったからだろうか?) 

 最大の理由はそうかもしれない。
だが堀田と自分の間にも、親子にも似た、師弟のような絆はあったと思う。
少なくとも右近は堀田を慕っていた。
自分は早くに父親を亡くしたので、その代わりを堀田に求めた。
一方、堀田の事情は少し違う。
あのような立派な嫡男がいることを、右近は堀田が亡くなるまで知らなかった。
確かに留守居役は世襲ではないが、

(御嫡男を後継に育てようとは、考えなかったのですか?)

 尋ねたくとも堀田は既にこの世にない。

 数多の問いが右近の胸中に渦まいていたが、
 
(殿だけでなく、堀田様亡き後、私自身も己の足で立たねばならぬという事だ…)
 
 右近はそう呟いて、奥歯を噛みしめた。

 右近は左手を手綱から放し、小袖の前腕で涙をぬぐった。
再び両手で手綱を取り、葉桜となった染井吉野の土手をゆっくりと進んだ。
やがて前方にひときわ大きな、遅咲きの山桜が見えた。
樹齢はどれほどだろう。
土手にしっかりと根を張り、川面に向かって伸びやかに枝を張り出している。
右近はふと心ひかれ、目指す木の側まで来ると馬から降りた。

 大樹の下に立ち、右近は梢を見上げた。
仄かな香気が鼻孔をくすぐる。
白花に薄紅色の萼(がく)、わずかに褐色を帯びた葉との調和も美しい。
しばし見とれていると、やがて雲が切れたか、柔らかな木漏れ日が降り注いだ。
人肌のごとき温もりを頬に感じながら、右近はしばし眸を閉じて、ありし日の堀田を偲んだ。

 『若を、見捨てんでくれ』

 文字通り、これが堀田の右近への最後の言葉となった。

(ご案じめさるな…堀田様)

 惣一郎自身と、その治世を支えることが、堀田から受けた恩を返す唯一の道なのだ、と右近は深く胸に刻んだ。



 袴の裾を大きく揺らし、土手を春風が吹き抜けた。
目を開ければ、花弁が白雪のごとく、一斉に右近の眼前を舞った。

(堀田様、必ずや来世でお会いしましょうぞ)

 降りかかる花びらを肩に鬢に受けながら、右近は行く春を惜しんだ。



行く春4発駕1
浄夜・目次 | 書庫目次


写真は「空色地図」さんからお借りしています。


Copyright © 2013 戸田采女
All rights reserved.