二十二の巻「雌伏」

by 戸田采女


 明和四年九月二十五日。

 数日来降り続いた秋雨も明け方にはぴたりと止み、澄み渡る空に鰯雲が広がっていた。秋カモメがうるさいほどに頭上を飛び交っている。

 今町湊は朝から大勢の人出にわいていた。

 能登の入り江で風待ちをしていた島崎屋の船が、とうとう今町に入港した。一隻目が昨日に入港した知らせをうけ、海岸には奉行所の役人たちのみならず、町衆も多数詰めかけた。見物客をあてこんで、海岸沿いに菓子屋や茶店まで出ている。入港した船の船頭によると、少し遅れて能登を出た二隻も今日中には到着するらしい。主人、島崎屋宗七は最後に出た船に乗っているという。

 やがて昼近くなり、青海原の彼方から二隻目の千石船の船影が現れ、白い帆の形までもはっきり識別できるようになると、見物人の期待は嫌が上にも高まった。

 すでに季節は晩秋に近い。総檜造りの堂々たる姿が、波高い北の海を突き進む。船大工の技術の粋を集めた船が入港し、碇を降ろすと、もっと近くで船を見ようと、岸壁には黒山の人だかりができた。

 今回の積み荷は全て畿内や西国からの米。それも二年続きの凶作で苦しむ藩士・領民に、お殿さまの名で下賜されるという。慈悲深い領主として、結城因幡守信輝公の威光は増々高まった。一方、豪壮な千石船に米を満載し、荒海を渡ってきた島崎屋をたたえる声も、ここかしこから聞こえてくる。

「島崎屋は今回積んできた米を、全て献上したというぞ…」
「たまげたねえ…並の商人じゃあ、こうはいかねえ」
「…いや、その分どこかでがっぽり儲けているに違いない…」
「ふん、飯が腹一杯食えさえすれば、島崎屋が何で儲けていようが知ったこっちゃねえよ」
「何はともあれ、島崎屋のおかげで無事に正月が迎えられるわけだ。ありがたいこった」

 見物人の人垣から少し離れた場所に、長身の青年武士と品の良い初老の商人の姿があった。
「…島崎屋さん、見事におやりなさいましたね…」
商人の呟きのような問いには答えず、青年武士は腕組みをしたまま、碇泊した千石船にひたと視線をあてていた。

「…今回の一件で思い知りましたよ」
「…」
「やはり大博打を打てる性根がなくては、北前問屋は大成しません」
「中村屋…」
中村屋と呼ばれた初老の紳士は、今町の老舗の廻船問屋の主だ。
遠く海原の向うへ視線を投げ、。
「私も父の商売を継いだばかりの頃は、そういう気概を多少なりとも持っておりました」
中村屋は軽い溜め息をついた。
「ですが、妻をもらい子が生まれ、家族や店の者たちへの責任が己の両肩にこう、のしかかって参りますと…」
「…その辛さは某にもようわかるぞ」
青年武士が精悍な眉の下、鳶色がかった瞳を和ませて苦笑した。
「家族を泣かせ、家を潰すわけにはいかんからな…。太平の世の武士の世界も同じことよ。どうしても、やることなすこと小さくなる」
「溝口様…」
「主家の安泰に窮々としておる武士から、どうじゃ、男なら蝦夷へ行けと言われても…のう、中村屋。はいそうですかと従えるわけもなかろうな…」
鷹揚に笑いながら、国家老の嫡男、溝口誠之進は己を含めた武士階級を揶揄した。中村屋はどう答えてよいかわからず、困ったように見つめるばかりだ。
「戯れ言じゃ、気にするな…」
誠之進は破顔すると、再び湊の賑わいに目を向けた。桟橋につけた船からは、荷下ろしが始まっていた。米俵が次から次へと運び出される。見物に混じっていた湊奉行が、いつのまにか前へ出て、藩の米蔵へ運ぶよう人足に指示を出している。

(小役人が…自分が米を運んできたわけでもないくせに。まるで己の手柄のようにしゃしゃり出てくるのだから…困ったものよ)

 誠之進は胸の中で呟くと、高々と天に伸びた帆柱を見上げた。この船が高山藩の御手船(御用船)として、帆柱に結城家の紋、源氏車をつけて航海する日も間近だろう。

 秋の日差しを浴びて、まばゆいばかりに輝く千石船は、まるで咲き誇る徒花のようだ。藩庫の金を不正に流用して造られた船を、高山藩はこの先何食わぬ顔で「御手船」として利用するつもりだ。それを厚顔無恥と呼ぶか、実利主義に徹した英断とするか…。

「審判が下るのは十年先か、五十年先か…」

 海原に三隻目の船影を見つけた町衆の歓呼の声に、誠之進の呟きはかき消された。


***


 四日前、次席家老・内藤帯刀が突然罷免された。御用部屋はもちろん、城中も上へ下への大騒ぎとなった。

 内藤邸へは側用人・青木忠佐衛門が使者にたち、藩主・結城因幡守信輝の上意を伝えた。上席家老・溝口主膳は事件の経緯を説明すべく、家老・中老を大書院に召集した。実際の説明にあたったのは、病をおして登城した勘定吟味役の櫻田右近である。

 次席家老の命で行われた万両単位の藩金流用…。勘定方の下級官吏の横領とはわけが違う。重臣たちは一様に驚愕し、言葉もなく右近の調査報告に聞き入っていた。

「…よって、内藤帯刀殿は、次席家老を罷免、閉門百日のお沙汰が下りました。殿は寛大なるお心を持って、一族連座の罪は問わず、帯刀殿は閉門百日の後、永隠居、家督は嫡男・弥一郎に継がせるべしとのこと。なお、藩金流用に協力した元勘定奉行の長坂氏、勘定方役人・田村蓑助の両名につきましては、既に本人が死亡しており、これを罰するにあたわず、とのご内意にござります」
「島崎屋はどうなる?」
すかさず尋ねた中老の榊原に、
「…藩金流用には関わりなし、とのご判断です。ただ、渡海免許の申請を怠ったかどで、湊奉行から叱責をうけるやもしれませぬが」
右近は抑揚のない声で答えた。
「なるほど…金の卵を生む鳥は、まだまだ生かして働かせようというわけですな」
中老の酒井が苦々しく呟いた。おそらくは、島崎屋を処罰してしまっては立ちゆかぬ、藩の窮状を情けなく思っているのだろう。
 
「以上をもって、某のご報告を終わらせていただきまする」
右近は質問が出終わったところで言葉を切ると、一同を前に深々と礼をした。

 右近が切り上げるのを待って、主膳が口を開いた。
「ご一同、『断じて私服を肥やすためではない』という帯刀殿の弁明は、某も信じたいところなれど、藩船を造るなら造るで、我等重臣一同合議の後、決めるのが筋であろう。踏むべき手順を踏まず、かかる大金を独断で動かした性急なふるまい、重ね重ね残念におもう」
「その通りでござる」
中老で最年長の山崎が頬を引き締めてうなずいた。
「殿のお許しはもちろん、我々にひとことの相談もなく、身内の勘定奉行を使って藩金を流用するなど…藩政の一端を担う者にあるまじき行為。開いた口が塞がりませぬ!」
「…本来ならば切腹は当然。恐れながら、殿のお決めになったこととはいえ、閉門百日の後隠居とは寛大すぎる気もいたしますが…」
三十代の中老・堀が首をかしげた。
江戸詰めが長かった堀は、国許の重臣の中では比較的頭の柔らかいほうだが、その彼にしても今回の処分が手ぬるいと思ったのだろう。

「いかにも…。されど、殿のお決めになったことに、我々が異を唱えるわけにはいかぬ。これまで通り、粛々と政務を行うのみじゃ」
「主膳殿もお人の好い…」
主膳の本音を知ってか知らずか。山崎翁が思わず苦笑していた。

 先程から顔面蒼白で石のように押し黙っている者がいる。次席家老の小栗内蔵助と内藤家と親しい中老の奥野将監である。
「奥野殿…お顔の色が悪いようだが、いかがなされた?」
主膳は何げない風を装って尋ねたが、声をかけられた奥野はほとんど震え上がらんばかりだった
「ご気分がすぐれぬのなら、退出されても構わぬぞ」
「さ、左様にござりますか。ならば某これにて…どうやら、か、風邪をひきこみましたようで、先程から寒気がしておりました…」
「それはお気の毒に。早う帰って休まれるがよい」
奥野は主膳と目を合わさぬようにひたすら平伏すると、そそくさと席を立ち、大書院をあとにした。

 退出する奥野の後ろ姿を見送る面々は、一言も発しなかったが、
(おおかた内藤殿のおこぼれにでもあずかっていたのではないか?)
誰もが胸の中で、奥野の連座の可能性を考えていた。




 次席家老・内藤帯刀罷免の報は、藩校内でもたちまち広がった。

 夕べのうちに誠之進から事の次第を聞いていた三郎と従者の源蔵、倫太郎は、教室が騒然とする中、じっと沈黙を守っていた。無論、帯刀の嫡男・弥一郎は登校しておらず、弥一郎の取巻きの一人、奥野小十朗は、噂が耳に入るやいなや、慌てて屋敷へ帰っていった。

 三郎は空いた隣の席をぼんやりと見つめ、鈍い溜息をついた。

(弥一郎は…今頃いかがしておるのか…)

 誠之進の話では、帯刀は隠居させられるが、家督は弥一郎に継がせ、内藤家自体は存続するという。だが、不祥事を起こした父を無理矢理隠居させ、その後釜に座れといわれても…。それはそれで酷い話だ。弥一郎の胸中を思うとやりきれない三郎だった。

 もはや弥一郎は藩校へは来ないだろう。来年早々に家督をついで出仕しても、城中とて針のむしろだ。

(私に…何かできることはないだろうか?)

 三郎にとって弥一郎は、友と呼べる数少ない人間のうちの一人だった。

 閉ざされた邸内で、失意と恨みの中にある父・帯刀と向き合わねばならぬ弥一郎が、三郎は気の毒でならなかった。


つづく





壁紙は『十五夜』さんからお借りしています。




 
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