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誠之進、守役罷免の知らせが届いてから、ひと月が過ぎた。江戸の町にも秋風が吹き始め、夕暮れどきともなれば虫の音がかしましい。
右近は週に三度、滝川道場へ夕稽古に出かける。一刻(二時間)ほど無心に彦四郎や門弟と打ち合うのだが、道場へ通う裏には別の目的もあった。内藤帯刀の様子を探らせている、『雪駄直しの市松』の報告を聞くためだ。その日も右近が皆より一足先にあがり、井戸端で汗を流していたところ、商売道具を背負った市松が裏口からひょっこり顔をのぞかせた。
右近は下帯一枚の姿で桶を逆さにして腰掛け、水にひたした手拭いで身体をふいていた。気付いた右近が目で呼び寄せると、市松は小さくうなずいて側まで歩み寄った。
ふたりの間であまり無駄話はしない。
「して、何か動きは?」
いつものように右近が探索の成果を問えば、
「ここ一週間ほどは、奴さん、芝居見物以外はろくに出かけもせず、寮で大人しくしているようですぜ」
市松はかすかに頬を赤らめながら、声を落として報告した。
どうやら市松は右近の裸に少々胸騒ぎを覚えているらしい。
しかし右近ももはや二十七。少年の頃とは違い、今さら斯様なことで恥じらってはおれぬ。控えめではあるが熱っぽい市松の視線を、右近はさらりと受け流した。
「芝居は誰と?」
乾いた声音で尋ねれば、
「それがっ」
市松は勢い込んでいうと、右近の側に屈みこんで耳打ちした。
「芝居小屋に行く時はひとりで駕篭にのってくんですが、幕間になると必ずどこぞのお女中と芝居茶屋に…」
市松の声に笑いが滲んだ。
「お女中…?」
右近の手拭いを持つ手がとまった。
「薄絹の被りもののせいで顔はよく見えませんでしたが、身分の高い女のようでした」
「なるほど…」
「いや、幕間に芝居茶屋で昼飯ってのはよくある話ですが…」
「何じゃ?」
「次の幕があがる刻限になっても、なかなか戻ってこねえんですよ、これが」
「ふたりともか?」
「へえ」
市松の好色そうな目配せに、右近はわずかに眉をしかめた。
随分昔、自分と惣一郎も『斯様な目的で』芝居茶屋を利用したことがあった。(番外『幕間狂言』)人のことをとやかく言えた義理ではないが、問題は帯刀の相手が誰か、だ。
「市松、その相手、探り出すことはできぬだろうか?」
「わっちもそのつもりではおりやすが、これがなかなか…」
と市松は首を左右に振った。
「茶屋の者は口がかたくてねえ…」
「そうだろうな。ま、焦らずやってくれ」
「へい」
右近は立ち上がり井戸端から離れた。縁側まで戻ると、乾いた手拭いで肌をぬぐって、単衣を身にまとった。
帯を手早く巻き付ける右近をぼんやりと見つめる市松に、
「何をしている、早ういけ」
と、ややきつい口調で申し付けた。
*
月がかわり、八月に入った。
国許の誠之進は未だ屋敷にて謹慎中。藩主・信輝公の参勤行列が江戸へ出立するのは十九日だ。その日までに誠之進の処分が決まると見ていい。もういくらも日がなかった。十日ほど前、右近は誠之進助命嘆願の手紙を国許の殿様へ早飛脚で送っていた。
我ながら、一世一代の名文だったとおもう。
三郎への負の感情を巧妙に隠しつつ、これまでが誠之進がいかに三郎を慈しんで養育してきたかを切々と訴えた。養子先の舅にそのような性癖があれば、仮に自分が三郎の守役だったとしても、まったく同じ行動をとったであろうとも書いた。
誰よりも側で誠之進を見てきた者として、誠之進の愛情と忠義に一点の曇りもない、と右近は力説した。無論、ふたりが割りない仲云々には一切触れぬ。
続いて右近は、ここで誠之進を処罰するのは藩の将来をかんがみても不利益である、此度の三郎を連れての出奔未遂は若気のいたりとはいえ、溝口主膳の引退後、筆頭家老にふさわしいのは誠之進をおいてほかにない、とも訴えた。
家老三家のうち、小栗家は当主も嫡男も温厚な人柄なれど(右近にとっては歯がうくような世辞だが)、誠に失礼ながら藩士領民をたばねる器ではない。次席家老の内藤帯刀は昨年罷免。嫡男・弥一郎は優秀な人物なれど、父親の帯刀が信輝公の慈悲で切腹を免れたとはいえ、藩金流用という大罪を犯した事実は事実。内藤家のものが次期家老、ましてや筆頭の座に坐るなど、藩士に対して示しがつかぬ。本来なら内藤家は門閥八家から降ろしてしかるべきではと、右近は説いた。
内藤家に言及することで、先の藩金流用の一件と此度の誠之進・三郎ぎみ出奔とを引き比べ、どちらが峻厳な裁きを受けるべきかを右近は暗に仄めかしていた。
右近は誠之進の不利にならぬよう慎重に言葉を選びながらも、自分が殿様の不興を買うことを恐れてはいなかった。というより、全く眼中になかった。
最後にダメ押しとして、本田家との縁組みにからめて、柳営における田安慶久の影響力の低下にも触れた。これからは田沼様と水野様の時代ではないかと。奥方の親戚筋とはいえ、復古的で旧弊に染まった田安家との縁に縛られることが、将来、真に我が藩の利益となるのか?
右近は次の藩主たる、惣一郎の側近としての立場から、微妙な問いかけで文を結んでいた。
*
八月半ばに入っても、国許から右近への返書はなかった。中老の堀隼人丞から堀田のところへも、新たな展開を知らせる手紙は来ていない。堀田は溝口主膳にも手紙を書き、誠之進の様子を尋ねたそうだが、主膳からは「何事も殿のお心のままに。我らは粛々とお沙汰を待つ」との短い返事がきただけだった。
国許でも江戸でも、すべてが沈滞し何の動きもない。この時期、右近の苛立ちは頂点に達していた。日々の役務を粛々とこなしつつも、右近の花の貌(かんばせ)から笑みが消えていった。中屋敷の道場で竹刀を振るときも、右近のどこか殺気だった様子に家来や中間たちも恐れをなしていた。
明日は十五夜の月見。
上屋敷奥で宴が催される予定だ。惣一郎は当然あちらに呼ばれている。惣一郎は右近にも出席するようもとめたが、右近は頑に拒んでいた。衆目の前で正室の綾姫と同席し好奇の視線を浴びるのは、今の右近の精神状態では耐えがたい。
誠之進の守役罷免の話。惣一郎の耳には入っているのだろうか? 惣一郎からは誠之進や三郎に関する話はこれまで何もなかった。右近は気になりながらも、この話題を自分から口にする勇気が出ないまま今日に至っている。
相変わらず惣一郎は人目を憚らずに右近を寵愛した。文字どおり三日にあげずに右近の閨を訪れる。おまけに深夜まで右近を放そうとしない。三十を過ぎてこの体力とは、唐渡りの秘薬でも飲んでいるのかと疑いたくなる時もあった。
明日、惣一郎は宴に出たあと、奥泊まりになるだろう。
奥泊まりの前日はなぜか必ず右近にお召しがある。
その気持ちがわかるようなわからぬような一一。正直、惣一郎の心を思いやるゆとりを無くしている右近であった。
つづく
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