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右近の奴…うまく隠したつもりだろうが、誠之進罷免の話しなぞ身供はとっくに知っている。おまけに上屋敷に顔を出す度、岩田の蛆虫めがご丁寧に続報を知らせてくれる。
誠之進の処分は未だ決まっておらぬそうだ。
その程度の情報はそなたもつかんでおるのだろうな。
堀田の爺とこそこそ会うているようだが、それも身供には筒抜けじゃ。
誠之進罷免の知らせを聞いて以来、身供も色々と考えた。愛しい三郎を養子先の舅・本田忠直の毒牙から守ろうと、己の地位も命も投げ打って父上に諫言するとは…あまりに誠之進らしゅうて呆れるやら感心するやらだった。
誠之進は忌々しい恋敵だったが、身供はあの男をついに本気で憎めなんだ。あの男は悩み、惑いながらも常に顔をあげて陽のあたる道をいく。此度の出奔とて単に『逃げた』のではないだろう。武士の身分をすて裸一貫で出直し、三郎との未来に賭けたのではないか。
首尾よく高山を抜け出しても、ふたりの賭けはいずれ惨めに頓挫したやもしれぬ。だがひょっとすると、どこぞ新天地に辿り着き、町衆や百姓に剣や学問でも教えながら、三郎とふたりで生きる幸せを見い出していたような気もする。何処で何をしようと誠之進は己の生を肯定し、愛する者を守って生きていくだろう…。
少なくともそう思わせるものをあの男は持っている。
物心ついた頃から奢侈の中で暮らしながら、真に望むことは何もできず、人生に倦んでいた身供とは雲泥の差じゃ。
誠之進のような男には惹かれるか、猛烈な劣等感を刺激されるかのいずれかだが、幸い私は藩主の嫡男。身分だけはどう足掻いても誠之進が下だ。それに救われたと言えよう。
時に誠之進の爽やかさ、まっとうさが癇に触ることがあっても、憎んだりはしない。
そなたもだが三郎が惚れたというのもわかる気がする。
いっそ身供がしゃしゃり出て、父上に誠之進をお許し下さるようお願いしてみようか…と思ったりもする。偽りではないぞ。右近、そなたが私に助けてくれとすがれば、今すぐにでも書状をしたためてやるものを一一。
無論、打算が半分以上を占めている。誠之進が許されれば、誠之進はもはや決して三郎を離しはしない。となれば、そなたの未練も粉々にくだけ散る他ないだろう。
我ながら酷なことを考えているとおもう。
七月の初め以来、夏だというのに血の気の失せた顔をして、朝・昼の執務を終えたのち、この炎天下、一日置きに浅草の道場まで夕稽古に通うなど尋常ではない。稽古のほかに、何か目的があるのだろうか?
閨でも上の空じゃ。
無論、私を拒みはしないし、身体は素直に愛撫に溺れていくが、それは単なる『慣れ』であろう?
そなた、今、江戸で何をしようとしているのか?
誠之進を助けるため、私に隠れてこそこそ動くのが気に入らぬ。
そなたまさか、まだ思い切れぬのか?
私に対して疚しいことが何もないなら、なぜ打ち明けてくれぬ?
右近っ…。
*
一度交わったのち、私は右近と肌を合わせたまま夜具の上に横たわっていた。しっとりと汗ばんだ右近の肩口に顔を埋め、私は右近のこめかみのあたりを指でそっと撫でた。
右近の胸が未だゆっくりと浅く上下している。
右近の身体はすっかり私に馴染み、あまりの応えの良さにこちらが夢中にさせられる。一方的に私の愛を受けていた三年前とは確かに違う。
右近はもしかすると私を好いているのかもしれない。だがやはり、心の底から欲しているのとは違う。焦がれ死ぬほど愛してもいない。
主従という枷がなくば、側につなぎ止めることはできぬやもしれぬ。
それに引き比べて、誠之進と右近の間には一体どんな絆があるのだろう?
離れても離れても、磁石のように引き合うあの二人…。
昔、藩邸の誰かがこういった。
ふたりの友誼は『金蘭の契り』だと。
恋だけなら、誠之進が三郎を選んだ瞬間に終わったはずだ。誇り高い右近が自分を選ばなかった誠之進を愛し続けるなど、やはり身供には理解しがたい。
では恋よりも固い絆、断金の友情とやらで今も結ばれているというのか? 『忠臣』はいても『友』などおらぬ身供には、右近の思いがわからない。
快楽を分け合う幾多の夜を過ごしても、右近が己のものだという証はどこにもない。
それを思うと、あまりの口惜しさに私は自分を見失いそうだった。
私が夜具の上に身を起こすと、右近の視線が追いかけてくる。
私は胡座をかき、肩ごしに後ろを振り返った。
情交の余韻を残し、右近の瞳がしっとりと艶を帯びて私を見つめていた。
「いかがなされました…?」
右近は身を起すと、薄く微笑んで尋ねた。
やさしげな微笑が、逆に私を哀れんでいるように思えた。
潤んだ眸のその奥で、「心はやらぬ」と私の執着をあざ笑っているような一。
右近への愛しさが凶暴な何かに変質した瞬間だった。
つづく
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