二十三の巻
「薄雲」3




by 戸田采女

 秋の空はいよいよ暗く、木の葉が氷雨のごとく舞い降りていた。

 九月末日、己の下刻(午前11時)。

 高山藩上屋敷、中奥が騒然となっていた。
医師や小姓が慌ただしく邸内を駆け巡り、表の御用部屋のほうへも異様な雰囲気が伝わってくる。

 何事かと訝っていたところ、側用人の青木が血の気のひいた顔で留守居部屋に現れた。
「おお、おふた方ともこちらにおられたか…」
青木は押さえた声音でほっとため息をついたが、尋常ならざる様子がひしひしと伝わってくる。

 留守居役・堀田又左衛門は高山藩主、二代に渡って仕えた人物だ。抜きん出た嗅覚で事態を察したらしい。言葉少なに右近を促し立ち上がる。青木に先導され、ふたりは中奥でも一番奥まった場所、藩主の寝所近くの小部屋へと向った。

 唐紙をあけて入室すると、狭い部屋の中には既に江戸家老の武村が端座していた。

「武村様…」

 堀田の呼び声に、武村は眉間に皺を寄せてうなずいた。
とりあえず堀田と右近も着座し、青木の言葉を待った。

「実は半刻(一時間)ほど前…殿がお倒れになりました」
堀田は顔色こそ変えないものの、白髪眉がぴくりと動いた。
「して御容態は?」
腹の底から絞り出すように問うた。
青木は鈍い溜息をつくと、
「ただ今は…安静にお休みになっておられますが…」
「医師は何と言うておる?」
「心の臓が相当お悪いのではないかと…」
「お倒れになった時の御様子は?」
「…朝餉を戻されましてな。そのままお胸が苦しいと申されて意識不明に。酷い脂汗をかいておられました…」
青木は手にした扇を握りしめ、きつく唇を噛みしめた。

「又左殿…殿の病、長旅の疲れなどではなかろう。某の知人にも心の臓の病ではかなくなった者がおってな…」
「武村様?!」
末席に座る立場も忘れ、右近は思わず叫んでいた。
「この御様子では…我々も覚悟して心づもりをしておいたほうがよかろう…」
武村はいかめしい顔つきで呟いた。

 右近の目頭が熱くなった。
当時、心の臓の病に効果的な治療法などなかった。
軽い症状なら精のつくものを食べ安静に、というのがせいぜいだ。
武村の言うように、今回の発作はやり過ごしたとはいえ、次に何かあれば命取りやもしれぬ。

 信輝公が江戸へ戻られてまだひと月しかたっていない。
惣一郎とも一年ぶりに再会し、ようやく親子が胸を開いて話しを始めた所だとういうのに。

(殿…何とか持ちこたえてくだされ! 今、殿に逝かれては、私も惣一郎様もまだ心の準備ができておりませぬ。まだまだお教えいただきたいことが沢山残っておりまする。今しばらく…どうか我らとともに。お願いにござりまする!)

 右近は膝の上で拳を握りしめながら懸命に祈った。

「青木殿…殿は国許におわす時から、お胸の痛みがござったのか?」
武村が呟くように問う。
青木は額に汗を滲ませながら、
「…斯様な発作は初めてにござりますが」
苦しげに眉を寄せた。
「時折、お胸の御不快を訴えられたことは…」
「何と…」
武村は思わず気色ばんだ。
「も、申し訳ござりませぬっ…」
「貴殿、常住坐臥、殿のお側に仕えていながら、何ゆえ出府をお止めせなんだ?!」
青木は身を投げ出すがごとく平伏した。
「青木殿…お手をあげられい」
なおも叱責しようとする武村を、堀田が遮った。
「心の臓の病はな、お側近く仕えていても軽いうちはそれとはわからぬのだ。大体、発作が起こって初めて周囲が慌てはじめるものよ…」

 青木は堀田の気使いに恐縮し、ふたたび低く首を垂れた。
武村も静かに息を吐いて鉾を納めた様子だった。

 堀田は力なく白髪頭を左右にふった。
「江戸へ入られてから、御城(江戸城)への出府の挨拶や、その他行事の合間をぬい、殿は連日のごとく人に会っておられたゆえ一一」
「もともと心の臓が弱っておられたところへ、お疲れが甚だしかったのだろうな…」

 武村も堀田もはっきりとは口にせぬが、病の原因は大方察しがついている。

 本田家と三郎との養子縁組にまつわる、もろもろの事件。誠之進と三郎の出奔も衝撃であったろうが、発作の直接の引き金となったのは江戸へ戻ってからの心労だろう。

 信輝公は岩田を罷免する一方で、自ら田安家に出向き、また本田家の家老を藩邸に呼んでもてなしつつ、殿様自身が縁組はなかったことにしてくれと頭を下げた。内藤帯刀に焚き付けられ、正室・牧の方と田安慶久が仕組んだ茶番劇の幕を、殿様自ら引いて始末をつけたのである。繊細な信輝公にその心労は察して余りある。
 
「お三方…どうぞこのことはしばらく内密に。特に奥へは…」
居住まいを正して、青木は畳に手をついた。
「貴殿に言われるまでもない。今、お方様が騒ぎ立て、田安殿にしゃしゃり出てこられては、殿の御苦労も水の泡…」
堀田の言に武村と右近も前後してうなずいた。
「殿がお目覚めになられましたら、すぐにもお呼びいたしまする。どうか役宅へは戻らず、本日は御用部屋にてお待ちくださりませ」
「心得た」
江戸藩邸の重鎮ふたりは沈鬱な面持ちでうなずくと、立ち上がって部屋を出ていこうとした。

 後に続こうとした右近を、
「櫻田殿はしばしお待ちを」
青木が引き止めた。

 裃の肩越しに振り返った堀田が、右近と目を合わせてうなずいた。

 襖がたてられると、青木は再び右近と膝を詰めて話しを続けた。

「お残りいただいたのは他でもありませぬ。殿のご病気の儀、すぐにも惣一郎様にお知らせいただきたく…」
「心得ました。なれど、私は藩邸を離れぬほうがよろしゅうござりましょう?」
「いかにも…」
「ならば早速文を書き、中屋敷へ遣いをやりましょう。あちらの小姓頭、平岡仙之丞に知らせれば、良いように計ろうてくれるはず」
「くれぐれも内密に…お願いいたしますぞ」
「承知。惣一郎様にもただの御機嫌伺いということで来ていただきましょう」
「頼みましたぞ」

 青木は少しだけ安心したように微笑むと、急ぎ信輝公の寝所へと戻っていった。

                      *

 事は急を要する。
父君がお倒れになったという文面には神経を使いたかったものの、取急ぎ惣一郎に知らせねばならない。右近はあえて書状を仙之丞宛にし、簡潔に状況を書いて知らせた。殿は今のところ静かにお休みゆえ、決して騒ぎたてず、御事ひとりが供をして、即刻上屋敷まで惣一郎様をお連れするように、としたためた。

 堀田とともに藩邸入りした若党に申し付け、急ぎ中屋敷へ書状を届けさせた。折り返し、惣一郎と仙之丞が上屋敷へ現れたのは未の下刻(午後3時)だった。

 さすがに老練な堀田はつゆほども動揺を見せず、藩邸正門にてにこやかに惣一郎の乗り物を迎え、まずは惣一郎と仙之丞を敷地内の自分の役宅へといざなった。取急ぎ状況を説明したのち、惣一郎ひとりを伴って藩邸母屋に入った。中奥へ向う途中、表の留守居部屋で執務中の右近に声をかけ、三人は信輝公の寝所へと向った。

 惣一郎に会うのは何日ぶりだろう。思えば三週間ぶりではないか? 久しぶりの再会が、斯様な場になってしまうとは。会った瞬間、凝と見つめあったものの、憂いを含んだ視線を絡ませるだけで、ふたりは無言で堀田の後に続いた。

 殿様の寝所前にやってきた三人は、我知らず息を詰めていた。小姓が控える次の間に入室し、襖の側で堀田が一声かけた。
「青木殿、惣一郎様をお連れしましたぞ」
「おお、又左殿!」

 間をおかずに内側から襖が開き、惣一郎は思わず頬を強張らせて室内を凝視した。

「ご安心くださりませ。今はお脈も落ち着いております」
信輝公の枕元に控えた医師が、入口の堀田と惣一郎に向って小さくうなずいた。

 青木は早速堀田と惣一郎を室内に招きいれ、殿様の枕元にいざなった。
右近は襖のこちら側、次の間側に端座して控えていた。
身分からいってそれが当然の行動である。

「父上!」

 悲痛な声音で惣一郎が信輝公の枕頭に歩み寄った。
「父上、惣一郎にござります!」
耳もとに囁きかけ、掛け布団の上の父君の手をそっと握った。

 惣一郎がしばらく信輝公の手をとり、己が温もりを伝えようとしていると、
「おお、殿! お気がつかれましたか?!」
青木の嬉しげな声が次の間まで響き渡った。
信輝公は何か言おうとしたのだろうか?
「父上、まだお話になってはなりませぬ。…私がここにこうして控えておりますゆえ、どうぞ安心してお休みくださりませ」
惣一郎が身を屈めて懸命に語りかけていた。

 右近はじっと惣一郎の背中を見つめながら、信輝公の意識が戻ったことに安堵の息を洩らした。

 しばらくすると、堀田が次の間へと出てきた。
襖をたて、右近にそっと耳打ちした。
「今日のところは…どうやら持ち直されたようだ」
「まったく…先程は肝を冷やしましたな」
人心地がついた右近は、頭を垂れ、あらためて深く息をついた。
「我らはとりあえず留守居部屋に戻るぞ」
「はい」
「今宵はそなたも長屋に戻らず、留守居部屋に詰めておれ」
「心得まして…ござります」

                      *

 翌日も信輝公は床についたままだったが、意識ははっきりしており朝は重湯を少し飲まれた。惣一郎は昨夜は中奥に泊まったが、父君の容態が安定したのを見てとると、一旦中屋敷に引きあげた。このまま惣一郎が藩邸に居着いてしまっては、信輝公危篤かと周囲が騒ぎ始める恐れがあったからだ。

 信輝公の病を、青木や堀田は何ゆえかくも神経をとがらせて隠そうとするのか? 奥へも内密にというのは、惣一郎にとっては辛い話だったろう。確かに信輝公を心静かに休ませるには、お牧の方を遠ざけておくのが得策だ。されど母をつんぼさじきに置くことに、惣一郎は胸の痛みを覚えたに違いない。

 右近はその時まだ全てを知らされてはいなかった。

 倒れてから二日後、小康状態の信輝公は奥右筆を呼び遺言状を代筆させた。もともとは、発作を起こした日にそうするつもりだったらしい。死期をはっきり悟っていたというよりは、身体の不調をそこはかとなく感じながら、少しでも元気なうちにやるべきことを済ませておこうとしたのだろう。

 遺言状は封印され、江戸家老の武村が厳重に保管した。

 信輝公は遺言状がすむと、右筆にもう一通手紙を代筆させた。

 それが済むと、信輝公はえもいわれぬ安堵の表情を浮かべ、再び横になって休まれたという。この私信は堀田又左衛門に託された。

 同日、堀田は自らも二通の書状をしたため、国許にむけて早飛脚で送った。
一通は筆頭家老・溝口主膳に。
もう一通は西の丸の三郎信尭に宛てて一一。

 依然として中奥の側仕えの間には、殿様のご容体につき厳しい箝口令がしかれていた。


つづく


「薄雲」2「薄雲」4
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