参の巻
「桜狩」3




by 戸田采女

 時は少し戻る。
如月のはじめ、中老の堀隼人丞の屋敷に投げ文があった。

 『あろうことか、守役殿は三郎ぎみと割りない仲になっている。守役殿が三郎ぎみの養子に反対するのは他でもない。契りを結んだ若君を手放したくない一心からだ。そのうち三郎ぎみ可愛さのあまり、三郎ぎみを藩主になどとけしからぬ気を起こすやもしれぬ。若君を己の劣情で汚すような男が、次期筆頭家老とは笑止。良識ある中老の堀様はまことにそれでよろしいのか?』と、文は結んであった。

 出所不明の怪文書だ。それをにわかに信じるほど堀は愚かではない。堀は文書が届いてのち、しばらく誠之進の様子を見ながら静観していた。ところが二週間後、最高齢の中老、誠之進びいきの山崎忠実のもとにも同じ文書が届けられ、動転した山崎翁は早々に堀のもとへ相談にやってきた。

 奥へ通され、堀の妻、妙が茶をすすめて退出すると、山崎翁は容(かたち)を改め、待切れぬように膝を乗り出した。

 「堀殿、一大事でござる!」

 山崎が巻き紙を懐から取り出したとき、堀は山崎来訪の意図を瞬時に察した。
「ご覧くだされ、昨日、斯様なものが我が家へ届けられましてな…」
「拝見いたしまする」
もはや中身はわかっていたが、堀は押し頂くようにして巻き紙を受けとった。

 堀は無言で眉を寄せた。先々週、自分の居室に投げ込まれた文と同じ文面。筆跡も同一人物とおぼしきものだった。
「実は…某のところにも、これと同じものが…」
堀は険しい表情で重い吐息をついた。
「なんと…」
「何処の誰ともわからぬ者の仕業。しばらくは捨ておこうと静観しておりましたが…」
山崎の所へも怪文書が届いたとなれば、当然このままでは終わるまい。次の動きがあるはずだ、と堀は読んだ。

 「堀殿は…まことと思われるか? まさかあの誠之進殿が、殿から養育をまかされた若君を…」

 正直、否定はしきれない。堀の目から見ても、ふたりの間には何人たりとも入れない、強い絆があるのは確かだった。いまだ面と向かって誠之進に尋ねたことはないが、堀はふたりの仲を確信しつつあった。

 「まこと、お二人は抜き差しならない仲なのか?」
「しかとは…わかりませぬが」

 曖昧に肯定したかのような堀の返答に、山崎はがっくりと薄い肩を落とした。

 山崎翁は姪の真砂と誠之進の縁談をまとめようと思っていただけに、衝撃を隠しきれない様子だ。
「先日、わが屋敷に主膳殿と誠之進殿をお招きし、それとなく姪の真砂に引き合わせたのじゃ。主膳殿にあとでこっそり打診したときは『よいお話じゃ』とご満悦だったのじゃが…当の誠之進殿はいまひとつ手応えがなくてのう…」
「…左様なことが、ござりましたのか」
堀は苦笑していた。
「真砂のほうは誠之進殿の男振りに、すっかりその気になっておるというに…やれやれ」
山崎翁は白髪頭を手にした扇でぺちりと叩いた。

 ややこしいことになった…、と堀は内心眉をしかめた。

 仮にまことにふたりが割りない仲だとしても、堀は誠之進を非難する気にはなれないのだった。男色関係かどうかを抜きにしても、三郎が誠之進を慕っているのは誰の目にもあきらかだ。堀自身も周囲の反対を押し切って町人の娘を正妻にした男だ。いとしいものと共にありたいという気持ちは痛いほどわかる。むしろふたりが相愛なら陰ながら見守ってやりたい心境だ。

 しかし怪文書が出回る裏には、誠之進の失脚を目論む、何者かの暗い意図がある。昔から誠之進の人となりを知る堀は、斯様なことで誠之進を見限るつもりはなかったが、山崎翁の落胆ぶりははかり知れない。

 そして、これまで溝口家と内藤家、どちらにも組みさなかった、中老の榊原、家老の小栗がこの噂を耳にすれば、一体何と思うだろう…。

 単なる色恋沙汰では済まない難しさがそこにあった。




 堀も山崎も胸中に複雑な思いを抱えながら、此度、溝口家の招きに応じて桜狩に加わった。満開の桜の下、溝口家の心づくしのもてなしを受けながらも、堀は文字どおり、三郎・誠之進主従の一挙一投足を目で追っていた。

 能の上演中、上座に信輝公と並ぶ三郎は、正面の舞台を熱心に見ているようで、その実、黒目がちの瞳は末席に端座する誠之進にひたと当てられていた。柔らかくまとわりつく視線を感じるのか、誠之進も肩ごしにちらちらと、目の端で後ろをうかがう。

 (三郎ぎみ…)

 誠之進は衆道の嗜みはなかったはずだ。なれど、父君が健在とはいえ、母方の後ろ楯もなく、頼むものは誠之進ひとり。そんな三郎から、あのように濡れ濡れと慕わし気な瞳で見つめられては…。誠之進とてついに心を動かされてしまったのではないか? 

 普段の三郎は武芸をよくし、決して柔弱な少年ではない。城中の式典や公の席に臨むとき、三郎はさかしげな瞳で静かな威厳すら漂わせる。それが今はどうだろう…。あたりに夕闇が迫り、客人たちも舞台を注目しているゆえ、安心しているのだろうか。かすかに目もとを染めて誠之進を見つめる三郎から、男を虜にするような、えもいわれぬ艶が放たれていた。

 ふたりの様子を観察しているのは堀だけではなかった。同じ怪文書を送られた山崎はもちろん、何やら中老の榊原や家老の小栗の様子もおかしい。
 
 (やはりこのまま見過ごすわけにはいかぬ…)

 月下の月見の場面、業平の昔語りを聞きながら、堀は一度腹を割って誠之進と話す決意を固めるのだった。


つづく


「桜狩」2「桜狩」4
青嵐・目次 | 書庫目次


壁紙は「十五夜」さんからお借りしています。


Copyright © 2004 戸田采女
All rights reserved.