三十の巻
「松が枝」




by 戸田采女

 十一月の末。国許から中老の堀(藤十郎)隼人丞が筆頭家老・溝口主膳の名代として江戸藩邸にやってきた。主膳自身、出府したいのはやまやまだったが、惣一郎の跡目相続を不服におもう一派が不穏な行動に出ぬよう、主膳は国許に留まる決意をしたという。

 三郎と誠之進の一行が通過したのち。上州・碓氷峠で崩落事故があったという噂はまことだった。以後、通行が差し止められたとの報を受け、此度、堀の一行は三国街道から江戸へ入った。三国街道は越後から江戸への最短ルートであったが、冬の積雪は北国街道を凌ぐ厳しさで、人馬の行き来もほとんど途絶える。冬の三国峠越えは命がけの行程だった。

「藤十郎!」

 親しい国許の重臣の出府を三郎は大層喜んだ。ましてや堀は誠之進の謹慎中、一時三郎の後見を勤めたほどである。父君を亡くしたばかりの三郎にとって大きな慰めとなったに違いない。

 誠之進とともに信輝公の霊前に参った堀は、静かに無念の涙を流した。

「我々がもう少し早く、殿の病に気付いておれば…」
「藤十郎殿…それは言うても詮無きことにござる」
「誠之進…」
「殿は誰が何と言って止めようと、此度の出府を思い留まることはなかったと…」
「なれどっ…」

「藤十郎殿…これもまた運命にござる」

 熱く目を潤ませる堀を前に、誠之進は己に言い聞かすつもりで言葉を紡いだ。

 公には信輝公の死因は心の臓の発作とされ、藩の正式文書にもそう記載された。実際は『狐の手袋』の大量投与による中毒死である。医師の日向道伯は既に責任をとって自害。薬を調合した弟子も乱心の果て、過日、牢内にて首を吊った。もはや死人に口なしである。

 その夜の状況から右近は信輝公毒殺の可能性を疑い、誠之進も早すぎる道伯の自害を不審に思った。

 だが今のところ確たる証拠は何もない。

 誠之進は調べがもう少し進むまで、信輝公の身内である惣一郎や三郎はもとより、盟友の堀や父・主膳にも、この件を秘しておこうと心に決めていた。妙な噂が流れでもしたら、幕府に対してのみならず、藩内でも無用の騒動を引き起こしかねない。

 堀は当初、信輝公の四十九日の法要まで江戸に留まる予定で出立したが、往路の三国峠越えにも十分難渋した。冬も本番に向うなか、内心では帰路への不安を募らせていた。国許の御用部屋の情勢も微妙だという。

 筆頭家老・溝口派の山崎翁は信輝公の訃報に接し、いち早く追腹を切らんとしたが家人がこれを阻んだ。以来登城を控え屋敷に引きこもっている。主膳の反対勢力、酒井氏と江戸から戻った奥野氏は無気味なまでに沈黙を守っているという。自分が春まで江戸に滞在したのでは、御用部屋での主膳の立場が弱まることを堀は懸念していた。

 主膳の嫡男・誠之進がこれに理解を示し、新藩主・惣一郎も厳冬の街道旅は危険と年内の帰国を許した。堀は三郎主従と別れることに後ろ髪を引かれながらも、十日ほどの滞在で主膳の名代としての勤めを終え、国許へ発つ日を迎えた。

 板橋宿まで見送った誠之進に、堀は思いだしたように付け加えた。
「すっかり失念しておったが…」
目顔で促す誠之進に、
「内藤弥一郎が高山へ戻ったぞ」
「それはまた…おひとりでか?」
「うむ、小姓を伴ってな。父や叔父とは江戸で別れたというのじゃ」
誠之進は書を好む物静かな弥一郎の横顔を思い浮かべた。
藩金流用に始まる父・帯刀の強引なやり方に、息子の弥一郎は決して賛成ではなかった。
「…で、弥一郎殿の処遇は?」
「案ずるな、誠之進。弥一郎殿は高山城下へ着いてすぐ、殊勝にも主膳殿を訪ねられ、身柄を預けると申された。主膳殿は江戸の殿にはかったうえ、早々に弥一郎殿に内藤家の相続をと考えておられたのだが…」
「殿の御逝去で、お沙汰は見送られたのですね」
「いかにも」
「で、今は無役でお屋敷に?」
「うむ」

 江戸を発った内藤帯刀は今、大坂に潜伏しているはず。櫻田右近から知らせを受けた溝口主膳は、ふたたび大坂蔵屋敷を拠点とする配下の者に帯刀の動向を探らせている。

 父・帯刀が藩政に返り咲こうと蠢動を続けるかぎり、弥一郎は御家のために働きたくても、その意志をくじかれ動きを封じられてしまう。

「気の毒なことだな…」

 誠之進の胸の裡を見抜いたかのように、堀が溜息をついた。

「では誠之進。…春に国許で会おうぞ」
「藤十郎殿も道中くれぐれもお気をつけくだされ」

 名残りは尽きなかったが、誠之進に見送られ、堀隼人丞は供の者たちと厳冬の中山道を越後高山へと向った。




 新藩主の惣一郎は右近を留守居役に任じた以外、今のところ新たな人事の刷新は行っていない。信輝公の四十九日の法要のあと、御遺言状が公開される運びだ。惣一郎に何か心づもりがあるとしても、それを待って行動するつもりだろう。

 信輝公亡きあと、誠之進も筆頭家老の父・主膳も、新藩主・惣一郎との信頼関係を新たに築いていく必要があった。

 正直、主君としての惣一郎への評価はこれからだが、江戸詰め時代、芝居見物や吉原の供をしたりと、自分と惣一郎の間は決して不仲ではない。惣一郎には家臣とも軽口を叩きあえる気取りのなさがあり、若い誠之進にはそれが好ましかった。

 なれど三郎の後見であり念者という今の己の立場は、将来、国家老として誠之進が藩主の惣一郎に相対する時、微妙な陰をなげかける。今さらながら、誠之進は右近の忠告が身にしみた。惣一郎と意見を異にしたり諫言する場合、己の言動がどのような波紋を呼ぶやもしれぬのだ。惣一郎本人に対しても国許の藩士の手前も、慎重に動かねばならぬことを痛感していた。


つづく


「夜叉」5「松が枝」2
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