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とうとう三郎主従の出立の日がきた。右近は留守居役として板橋までの三郎の行列を見送る。滝川彦四郎も一緒だ。昨日、誠之進と右近のお膳立てで急遽惣一郎に目通りし、彦四郎は上屋敷の剣術指南としてお召し抱えと相成った。右近と誠之進の推挙ならば他の重役にはかる必要もなしと、藩主の鶴の一声で決まった。
三郎たちの世話係りとして親交を深めた平岡仙之丞と、荷物持ちの若党数名も右近に従った。
板橋までの道中、右近は騎馬で行列の先頭に立って進みながら、誠之進との別れを噛みしめていた。無論、誠之進への恋は己の手で幕を引いた右近だったが、再会からたった数カ月で、再び友と別れる寂しさはまた別のものだった。
いよいよ宿場の外れで三郎の行列を見送る瞬間がきた。
馬を降りた右近は、三郎の乗り物の側まで歩み寄って片膝をついた。
「三郎ぎみ」
右近の呼び声に中から小窓が開き、三郎が顔をのぞかせた。
「三郎ぎみ。我ら藩邸の者はこの宿場にてお別れいたします」
「うむ、見送り大儀であった」
黒目がちの瞳がしっかりと右近を捕らえる。
視線が絡まった瞬間、爪の先ほどの後ろめたさと奇妙な優越感が右近を捉えた。
結果から言えば、誠之進は三郎を裏切らなかったが…。
右近の胸の中には、かくも長い年月、自分と誠之進ははからずも相愛だったという自負がある。
「道中、お気をつけて」
丁寧に藩主の弟君に頭を下げながら、右近の三郎への思いは未だ複雑なものがあった。もはや嫉妬や憎しみは消え去ったが、それでも腹の底では三郎を好きにはなれない右近であった。
「そなたも…息災で暮らせ」
三郎は伏目がちに小声でそれだけ言うと、するすると小窓を閉めた。
*
「じゃ、ふたりとも達者でな」
吉田小兵太はあっさり右近と彦四郎に別れを言うと、三郎の乗り物脇にぴたりと寄り添った。真面目に馬廻りの役目を果たすつもりらしい。
ちらりと後ろを振り返りながら、小兵太は出立の号令をかけた。陸尺が駕籠を担ぎ、行列は整然と前進を始めた。
誠之進は行列最後尾につき、名残り惜しそうにふたりの友の見送りを受ける。
「誠之進、お駕籠が随分前に進んでおるではないか。はよう行け」
何となくぐずぐずしている誠之進に、彦四郎が真顔で促した。
「うむ。わかっておる」
うなずきながらも誠之進はひたと右近に視線をあてている。
「誠之進…」
右近が耳に沁み入るような声音でよびかけた。
「貴公のおかげで、彦四郎が藩邸に出入り自由となった。心強い味方を得たゆえ、必ずくだんの植木屋の正体、突き止めてみせる…」
「右近…」
誠之進が心配そうに眉を曇らせた。
「私のことは案ずるな。安心して国許へ帰れ」
「右近…身辺にはくれぐれも気をつけてくれ」
「うむ」
「母上と孫作のことは任せろ」
「ああ、此度もよろしくたのむ」
挨拶を交わした後も、誠之進と右近は見つめあったきり動こうとしない。彦四郎はそんな両名を前に静かに嘆息した。
(ふたりとも…切ない目をするのう)
「永の別れではないのだ。またいずれ会える日もこよう」
両手でふたりの肩を叩く彦四郎に、誠之進と右近が小さくうなずいた。
誠之進がようやく区切りをつけるように微笑んだ。
「ではふたりとも、息災でな」
「おぬしもな」
「貴公も道中気をつけて…」
誠之進は一文字笠の下、きりっと貌(かたち)をあらため、
「御免」
軽くうなずくと、踵を返して足早に前をいく行列を追った。
誠之進は強靱な足取りで進み、彦四郎と右近の視界から遠ざかっていった。
みるみるうちに小さくなる後ろ姿を、右近は微動だにせず見つめていた。
やがて三郎の行列が完全に見えなくなると、
「さて…参ろうか」
右近はゆっくりと彦四郎を振り返った。
桜花のごとく透き通った笑みの下、わずかに潤んだ双眸に、彦四郎は右近の胸中を思った。
つづく
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