六の巻
「白牡丹」3




by 戸田采女

 その夜、昼間の憂さ晴らしのつもりか、惣一郎は早速右近の宿直部屋を訪なった。

 以前は右近が惣一郎の寝所へ「召し出される」形だったが、二月に右近が中屋敷に戻ってからは、惣一郎が右近の部屋に忍んでいくことが多くなった。

『夜這いのようで何やらわくわくするのう…』

 惣一郎はこの状況をおおいに楽しんでいた。

 右近にしても、家臣や使用人の目を気にしながら惣一郎の寝所へいくよりも、まだこの方が気楽である。惣一郎は手燭片手に秘かに部屋を抜け出したつもりだが、大方、仙之丞か竹弥あたりが、見て見ぬふりをしながら、ぬかりなく警護しているのだろう。あのふたりにはいつも雑作をかける。

 多分今夜は来るだろうと思い、一応湯にはつかっておいた。だが、別に待っているわけではない。薄めの夜着を胸までひきあげてしばらく横になっていると、昼間の気疲れもあり、すぐに瞼が重くなってきた。そのままうつらうつらしていると、手燭の光りがちらつき、惣一郎がそっと夜具の中に滑り込んできた。

 「右近…」
惣一郎の手が右近の肩にかかり、軽くゆすった。
ああ、やはりいらしたかと、右近がうっすらと目を開けると、
「…昼間は災難であったな」
『私は別に…』といいかけたが、右近はねぼけ眼で曖昧に微笑むだけにした。
「藤江の言う事など…気にするでないぞ」
惣一郎は右近の寝間着の袷に手を差し入れて、軽くなでさすった。
「武家の婚姻など、どうせ形ばかりのものよ」
「惣一郎様…」
「いとしいのはそなただけじゃ…」
惣一郎はうっとりと呟き、右近の項に顔を埋めた。

 男相手に面と向かってよく言えるものだと、右近は苦笑した。

 右近は複雑な心境だった。

 惣一郎の寵愛を一身に集めているのは、正直自尊心をくすぐられる。だが、藩士の立場でいえば、惣一郎が正室を顧みないのは決してよいことではなかった。世継ぎができない云々だけでなく、殿様に見捨てられた妻の恨みは、それこそ御家騒動の種ともなるからだ。実家の府中藩に愚痴られ、せっかくの姻戚関係がぎっくしゃくするのも困る。

 藤江は意味ありげな視線をなげ、ちくちくと右近に嫌味を言って帰った。あまりのしつこさに内心辟易したが、世継ぎができねば一大事という藤江の言葉は、家中の懸念でもあり、的を射ているとおもう。

 「惣一郎様…」
右近は悪さをする惣一郎の手を一旦押しとどめ、 
「たまには藩邸へお戻りなさりませ。もしくは綾姫さまをこちらへおつれしてはいかがですか?」
一応静かに諭してみた。
「何じゃと…?」
惣一郎は思いきり目をみはった。
「そなた、綾と同じ館に平気で暮らせるのか?」
「それは…どういう意味にござります?」
右近は眦を決して見上げた。

(冗談ではない。この私を「お手付き」扱いする気か?!)

 惣一郎はにやにやと右近を見つめている。
右近は眉をひそめ、低い声音で呟いた。
「私は…あなた様の家臣にござります。ご正室様と同じ館で暮らして、何の不都合がございましょう?」
「家臣ではない、寵臣じゃ」
うれしそうに訂正する惣一郎。
「…っそういう言いかたは、おやめくださりませ!」
「なんじゃ、まことのことではないか。他にどんな呼び方がある?」
と、惣一郎の手が右近のすそを割り、内股を撫で上げた。

 「人が真面目に話しておるときに!」
右近は惣一郎の手をつかんでねじ上げた。
「い、痛いではないか!」
あたりまえだ。本気の力を込めたのだから。

 右近は惣一郎を一にらみすると、溜息とともに手を放した。
「くだらぬことをおっしゃらずに…一日も早う、お世継ぎをつくりなされ」
くるりと夜具の上で背を向ける。
「‥そなたまで…、身供に綾の寝所へいけと申すか?」
右近は無言でうなずいた。
「そなた…平気なのか?」
返事のないのに焦れて、惣一郎が右近の肩を強めにひいた。
「妬けはせぬのか?」
「はて…お尋ねの意味がわかりませぬ」
頑固に背を向けたまま、右近はそっけなく呟いた。

 惣一郎は右近の背に寄り添ったまま、しばし沈黙した。

 相手の言葉を待ちじっと耳を済ませていると、手燭の蝋が燃える音がやけに大きく聞こえる。

 「意味がわからぬと申すか」
口を開いたのは惣一郎が先だった。
「なるほど…」
惣一郎の左手が横臥した右近の前に回り、寝間着の衿をつかむ。
「あ…」
次の瞬間、肩からひきむしるように脱がされた。
「何をなさいます!」
そのまま右近はうつぶせに夜具の上に押さえ付けられた。
惣一郎は無言で右近の大腿のあたりに馬乗りになると、もう片方の袖も後ろからひきぬき、帯を解いた。
「…妬いてももらえぬとは…情けないのう」
「そちらこそ、女のような愚痴を言うのはおやめなされ」
夜具の上に押さえ込まれながらも、右近は冷たく言い捨てた。

 やさぐれた惣一郎は一旦右近の身体の上から退き、帯もろとも右近の寝間着をひきはぐと、下帯も乱暴にむしりとった。
これでは思い通りにならずに癇癪を起こす子供と同じだ。
「いい加減になされませ!」
右近は叱りつけたものの、裸に剥かれた姿では睨みがきくわけもなかった。

 憮然と横たわる右近の側に、惣一郎は寝間着姿のまま黙って胡座をかいていた。惣一郎の視線を裸の背で痛いほど感じる。一糸纏わぬ姿を凝っと見られているのは、むしろ抱かれている時よりも恥ずかしい。さりとて、この姿で逃げ出すことも叶わず、右近はうつぶせのまま悔し気に息を詰めていた。

 惣一郎は右近の背後でくすりと笑い、右近の肩から双丘の谷間に向かって、指先でついっとなぞった。

 「っん」
突然の思いがけない刺激に、思わず右近の背がしなった。惣一郎の指はそのまま谷間を行き来し、微妙に菊座の中心を外して嬲り続けた。

 ざわざわと背筋を這い登る感覚に右近は眉をしかめた。

 中屋敷へ戻ってから二ヶ月。

 惣一郎に屋敷近くの蕎麦屋の屋台で声をかけられ、連れ戻された時。もはや二十七にもなった自分にそんな御用はないと思った。心の底では一抹の寂しさを感じながら、それならそれもよしと、自分を納得させようとした。だが、惣一郎は右近の予想をあっけなく覆し、昔と変わらぬ激しさで右近を求めた。

 右近の気持ちもそれに応えたことで、ふたりの閨は以前にも増して…。

 惣一郎に引きずられ、日々慣らされていくのを、右近ははっきりと自覚していた。


***


 はしたなく乱れた一夜が開け、空が白み始めていた。
さすがに惣一郎も疲れを覚えたのか、いつもなら夜が明けぬうちに寝所へ戻るのが、今朝はまだ右近の隣で深い眠りを貪っていた。

 交わった後、右近は一旦泥のような眠りに引きずり込まれたが、夜明け前、一度目が覚めてしまった後、再び眠ることはできなかった。右近は括り枕に鬢をあずけて横臥し、惣一郎の寝顔をじっと見つめていた。

 昨夜の自分は惣一郎の腕の中、肉の歓びに溺れ切っていた。もはやその事を偽ろうとは思わない。されど嵐が去り正気に戻った今、右近はふたたび惣一郎の側近として今の状況を考えていた。

 中屋敷の暮らしは心地よい。惣一郎の側にいる自分は、今、確かに癒され、満たされていた。しかし、惣一郎には世継としての責任がある。このまま奥方をないがしろにして、勝手気侭に自分や小姓達とここで暮らすわけにはいかぬのだ。

 綾姫にたいしては、『嫉妬』という感情はわかなかった。それはおそらく、惣一郎の愛情に絶対の自信があるからかもしれない。

 惣一郎が綾姫と閨をともにしようが、それは形ばかりの勤めにすぎぬと。

 まるで下僕のように奉仕したかと思えば、ある時は主人の権威を行使するかのように、容赦なく右近を蹂躙する。そうして惣一郎が狂おしいまでに求めるのは、この私だけなのだと。


   (なんと傲慢な…)

 身体の奥底で芽生えた女のような奢りに、右近は心底身震いした。


つづく


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壁紙は「kigen」さんからお借りしています。


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