|
その夜、もはやどうにも我慢できなくなった誠之進は、小兵太に宿直を頼み、三郎の居室で臥所(ふしど)を供にした。堀隼人丞に怪文書のことを知らされ、『身を慎め』と警告されたこともあり、以来、ふたりは野駈けと称して遠出をし、逢瀬を重ねるようなことは控えていた。
むろん、屋敷の中とて油断はできぬ。宿直の役目も家来の間で当番があり、むやみに順番を狂わせて小兵太にばかり申し付けるわけにもいかない。無理を言えるのもたまの話だった。
同じ屋敷に暮らしながら、ふたりが肌身を合わせるのは数週間ぶりだった。もはや禁欲も限界に達していた。着物を脱ぎ触れあった途端、馴染んだお互いの肌の香りが情欲に火をつけた。一気に昂った誠之進は、前戯もそこそこに三郎とひとつになろうとした。
三郎の膝裏を持って胸に付きそうなほど押し上げ、まだ固く閉じた蕾に猛りたった刀身を埋め込んでゆく。
「はっ…っうう」
三郎はきつく眉根を寄せて衝撃に耐えた。
健気な姿に誠之進は胸が熱くなった。
少しでも早く快感を引き出すべく、内側から三郎の弱い部分をじわじわと突いてやる。
最初、涙を滲ませて敷布を握りしめていた三郎だが、ひとたび奥深く結合を果たせば、蕩けるような熱さで誠之進を包んだ。深い酩酊に誘われながら、誠之進は緩やかな抽走を繰りかえす。やがて真一文字にひき結んだ三郎の唇から力が抜け、甘い息が洩れ始めた。三郎は身体中を桜色に染めながら、両足を誠之進の背に絡めてしがみついてくる。
「誠之進っ…」
一度えぐるように突き上げた途端、三郎の背が大きくしなり、頭の下から枕がはずれた。誠之進は邪魔な枕を畳の上にほうり出すと、自分の腕を三郎の頭の下に差し入れて支えた。三郎の潤んだ瞳に誘われるまま、誠之進はゆっくりと口を吸い、深く舌を絡めた。
息苦しさに時折顔を背ける三郎をなおも追いかけ、誠之進は精悍な腰使いで三郎を攻めた。だが続きの間の外には宿直の小兵太が控えている。いくら誠之進の親友とはいえ、三郎のあられもない声を聞かせるわけにはいかなかった。
艶めいた声が洩れそうになる度に、誠之進は己が唇で三郎の唇を塞いだ。出口を封じられ、なお一層高まる熱が三郎の内部で荒れ狂う。抽走が限界まで激しくなり、三郎の喉から掠れたような悲鳴が洩れた。歓喜のうねりがふたりを襲い、やがて頂点を極めて砕け散った。
*
薄手の夜着を足下のほうにはねのけ、誠之進は敷布の上に仰向けに横たわり、三郎をしっかりと胸に抱き込んでいた。滑らかな背中をゆっくり撫でさすりながら、
「三郎ぎみ…某、本日、殿にきっぱりと申し上げました…」
誠之進は溜息のようにつぶやいた。
「何…を?」
交わったあとの余韻にひたる三郎は、まだ声に力が入らない。
誠之進はそんな三郎をいとしげに見つめ、
「本田家との縁組、どうしても断れぬなら、私が三郎ぎみに付き従い本田家に入りますと」
「誠之進!?」
思わず目を見開く三郎。
だが次の瞬間、おびえたように目を伏せ、小さく首をふった。
「無理だ…誠之進」
「おひとりでは…ゆかせませぬ」
「誠之進!」
「お許しが出ようが出まいが、私は三郎ぎみのお供をいたします」
「そのようなこと…できるわけがっ…」
涙ぐみかけた三郎に、
「三郎ぎみ」
深い声で呼びかけ、柔らかく微笑んでみせた。
「いざとなれば、身をやつして若のお乗り物についていきまする」
「は…?」
何を言い出すのかと、誠之進の腕の中、三郎が上目使いに見上げた。
少々いたずらっけを起こした誠之進は、
「そうですなあ…奴(やっこ)に化けてもよいし、薬売りを装って行列の後ろからついてまいりましょうか?」
おお我ながらよい考えと、思わず笑みがもれた。
三郎はぽかんと誠之進の目を見つめていたが、
「…こんな偉そうな奴や行商人がどこにおるか」
話にならぬとばかりに溜息をついた。
「偉そう…にござりますか?」
斯様な言われ方はいささか心外だった。いかにも侍と揶揄されたようだ。
むっとしたのが顔に出たのだろうか?
三郎がいきなりくすくすと笑いだした。
「偉そうというより…そなたは立派すぎるのじゃ」
「なるほど…」
立派といわれて、少しは機嫌を直した誠之進であった。
「私と二人連れなら、そなたも少しは町人らしく見えるやもしれぬな」
「は、はあ…」
「どうじゃ、一緒に富山の薬売りに化けてみるのは?」
「おお、それは面白うござります」
「薬売りの親子じゃな!」
「お、親子にござりますか?!」
「うむ…その姿で諸国を旅したら…楽しかろうな」
三郎は思わず目を輝かせた。
「江戸や京、大坂へも行ってみたいが、薩摩や蝦夷はいったいどんな所だろう…のう、誠之進?」
一方誠之進は、
「親子…」
ううむと唸って黙り込んでしまった。
確かに三郎とは十一歳年が離れている。
それにしても、親子とはあんまりではないか…。つい先刻もあれほど奮闘したのに…と、誠之進は胸の中で悲しげな呟きをもらした。
「いかがしたのだ、誠之進?」
黒目がちの瞳が、誠之進の目をじっとのぞきこんでいる。
誠之進の心の奥底が知りたくてたまらない…。
でも全てを知るのは、少し恐いような気もする…。
そんな好奇心と不安が入り交じった眼差しだ。
(いくつになられても、この表情だけは変わらぬ…)
誠之進の愛してやまない三郎の顔。
胸の奥からひたすら暖かいものが込み上げてくる。
誠之進は改めて三郎を懐深く抱き込んだ。
ふたたび汗ばんだ肌と肌がふれあい、誠之進の下腹が再び熱を帯びる。
気付いた三郎が誠之進を見上げ、ほんのりと頬を染めた。
「三郎ぎみ…」
三郎の頬に誠之進はそっと手のひらを押し当てた。
「誠之進…」
「私がともに本田家に入ること、三郎ぎみはお許しくださりますか?」
「…誠之進」
三郎の瞳が一瞬迷いに揺れた。
三郎は答えなかった。
だが、間を置かずにしなやかな両腕が誠之進の首に絡みついた。
「私は生涯そなただけじゃ…」
「三郎ぎみっ?!」
「他の誰とも契ったりはせぬ」
「私もです…決してお側を離れませぬ」
誠之進は無言で両腕に力を込めた。
堀の助力を得ても、今日の感触では信輝公を翻意させるのは難しいと見た。本田家当主・忠直の性癖を知らされてもなお、牧の方や田安家への遠慮を口する信輝公に誠之進は失望した。
堀と誠之進が信輝公に拝謁したことは早晩、父・溝口主膳の耳に入るだろう。誠之進は父と一悶着おこることも覚悟していた。これから弟・慶次郎とも家督を譲る件につき、真剣に話し合わねばならない。
(己の力及ばず、本田家との縁組が阻止できなくとも、誰がみすみす三郎ぎみを本田忠直の餌食になどするものか…)
誠之進は三郎の額に口づけながら、腰に片腕を回して引き寄せた。隙間もないほど下半身を密着させる。熱く脈打つお互いのものが擦れあった。えも言われぬ感触に、誠之進は緩く眉根を寄せて吐息をもらした。
(三郎ぎみは私のものだ。たとえ将軍家から望まれても、決して手放したりはしない…。)
三郎もさらに身を押し付けるようにして、誠之進に抱きすがった。わずかに首を傾けて誠之進の項に顔を埋め、唇を押し当てて強く吸った。煽るような三郎の仕種に、誠之進はすばやく身を反転させ、しなやかな裸体を夜具の上に組みしいた。
***
憑かれたように三郎を貪った誠之進。
情交の最中に気を失うなど、三郎はこれが初めてだった。声を出せぬよう口を手で押えられたせいで、かえって昂ってしまったのやもしれぬ。
夜半、目覚めた時、誠之進はまだ離れに戻っておらず、三郎の隣で安らかな寝息をたてていた。男らしい一文字眉、淡く疲れを滲ませた目元のあたりを見つめているだけで、三郎の胸は切なく震えてしまう。
今日、いやもう昨日のことになるが、城でまた何かあったのだろう。父と誠之進が三郎の養子の件でふたたび議論したに違いない。今宵の誠之進の様子からするに、養子縁組の話はもはや後に退けぬところまできているのだろう。
町人に身をやつしてでも三郎の供をするという誠之進。むろんこれは冗談だ。だが、縁組が断れぬ場合、一緒に本田家に入るという誠之進の決意は固そうだ。一緒に軽口をたたきながらも、三郎の心は波高い夜の海のごとく、大きく揺れ惑っていた。
町人の母をもち、九歳まで本陣で育った自分と違い、誠之進は根っからの武士だ。ましてや家老の家に生まれ、本人は決して認めたがらないだろうが、人にかしずかれることに慣れている誠之進。そんな誠之進が一介の近習として三郎に同行するなど…。
誠之進の人生を台なしにしてしまうのではないか?
(私が養子を拒めば、結局、皆が迷惑するのやもしれぬ…)
今までは愛される対象でしかなかった三郎。だが、三郎もやはり男なのだ。全力で楯となり、あらゆる苦しみから三郎を守ろうとする誠之進。そのことに感謝しながらも、自分もまた愛する者を守りたい。愛する者の人生や幸せを考えずにはいられない。
「誠之進…」
三郎は誠之進の上に屈みこむと、こめかみのあたりにそっと口づけた。
(…家老の座を捨ててまで私とゆくことが、まこと、そなたにとっての幸せなのだろうか…?)
胸の中でそっと端正な寝顔に問いかける。
無論、そうだと言ってほしい。だが仮に誠之進が心から三郎と共にあることを望んでも、自分が誠之進の愛に甘えてしまうのは正しいことだろうか?
誠之進が三郎とともに高山を出るなど、溝口家の人々の落胆はいかばかりか?
いや、主膳などは落胆というより激怒するであろう。下手をすれば誠之進は勘当だ。
誠之進は自分とひきかえに家族を失うことになる…?
「誠之進…っ」
されど、そう言って迷うはなから、三郎は誠之進の温もりが恋しくなる。
自分は誠之進なしでは生きてゆけぬ…生きていく意味さえないように思えた。
三郎は誠之進を起こさぬよう静かに隣に横たわり、ふたりの身体の上に薄い夜着をひきあげた。
誠之進の肩に頬を押し当て、
「ゆるせ…」
三郎は溜息のように呟くと、ぴったりと身を寄せて静かに瞼を閉じた。
葵 了
|