玻璃の器
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王命婦と共に内裏へと戻った惟彰は、女房に文を書く用意をさせながら兼長の邸の綺羅びやかさを話した。歌の上手い女房を呼んで、念入りに添削してもらいながらようやく芳姫と兼長への文を書くと、少し考えてから絢子への文もしたためた。 「これを三条邸へ」 そう言って作り物の桜の枝に文を結んだ。これは一の姫へ、こちらは兼長どのと母上へ。そう言って文箱にそれを納め、惟彰は芳姫の袿を持ち帰ってしまったことに気づいて顔を上げた。 「芳姫への文には、絹物一反と、袿心(けいしん)を作って入れてあげて」 はい、分かりました。文を受け取ってそう頷き出て行った女房と入れ替わりに、先触れの女房が主上がおいでにございますと伝えた。惟彰が硯箱を片づけて上座を降りると同時に、御簾をめくって主上が入って来た。惟彰が礼儀正しく頭を下げると、主上はその様子を見てゆったりと微笑み、茵(しとね)に座った。 「お帰りなさい、惟彰。権大納言邸はいかがでした?」 「はい、素晴らしい管弦の宴を見せてもらいました」 「ああ、さっき中納言行忠どのから少しだけ話は聞いたよ。誰が来てたの?」 「ええと…たくさんおいででしたよ。右大臣九条義久どの、行忠どの、式部卿宮どのも兵部卿宮どのもいらっしゃったし…あとは管弦のために雅楽寮の方が大勢おいででした」 「ふうん…水良と絢子は?」 「喜んでましたよ。水良はもう寝る時間だって言っても聞かなくて、夕べは亥の刻まで起きてました」 「それは大変だ」 扇を開いて笑うと、主上は目を細めてさっきの文はどこへ?と尋ねた。見てないふりして、ちゃんと見てらっしゃるんだからなあ。赤くなって惟彰は答えた。 「はい、三条邸へ…兼長どのと、母上に」 「…と? あの桜の枝は」 いたずらっぽい笑みを浮かべて、主上は尋ねた。真っ赤になった惟彰を見ておやおやと扇を閉じると、三条邸といえば…と思いを巡らせる。 「一の姫君かな」 「…はあ」 「あの桜の花はどうして? 桜にはまだ早いけれど」 「…桜の花みたいに、可愛い姫だったので」 「そんなに? 一の君の愛らしさは噂によく聞くけど、姫は…」 「馨君の方が人の目に触れるからでしょう。芳姫は馨君によく似ておいでで…とても可愛らしくて、そのまま連れて帰りたいぐらいでした」 話していると改めて思い出したのか、惟彰は珍しく熱心に言葉をつないだ。その様子を見て少し嬉しげに目を細め、それから主上はのんびりした口調で話を続けた。 「そう、そんなに可愛いなら私も見てみたいなあ。一の君が似ておいでなら、もう少し大きくなったら内裏へ殿上童として出仕させれば」 「ダメですよ」 子供らしくふてくされたように俯くと、ずれていた硯箱のフタをきちんとはめ直して惟彰は答えた。なぜ? 主上が優しげな口調で尋ね返すと、惟彰はだって…と口ごもってから目を伏せたまま答えた。 「だって、私が来いと言えば、来たくなくても来なければいけないでしょう」 怒ったように答えると、惟彰はため息をついた。ふうんと呟いて惟彰の横顔を見ると、主上は同じように目を伏せて手に持っていた扇を眺めた。 「じゃあ直接、聞いてご覧なさい。子供が生まれたら絢子を迎えに行ってくれるでしょう? その時にでも」 「いいのですか? また行っても」 「どうぞ。でも内緒で、だよ」 フッと笑って言った主上に、ありがとうございますと頭を下げて惟彰は子供らしく笑った。 |
(c)渡辺キリ
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