玻璃の器
 

 新年を迎えた内裏は宮中行事で目白押しで、馨君の元服の準備を進めながらも兼長は忙しく過ごしていた。正月が来て馨君は十三歳に、芳姫は十二歳になっていた。馨君の元服を済ませたら、すぐに芳姫の裳着も準備せねば。近頃、急に大人びて来た子供たちを見て、兼長はそろそろ覚悟を決めねばならんと、二人の衣装を新しく新調させた。
 馨君の参内用の新しい束帯(そくたい)や衣冠(いかん)は大人の物に比べると小さく、どこか初々しさと拙さを感じさせた。兼長が元服式に使われる赤い袍と黄の袍を用意させ、陰陽師に占わせてよき日を選ぶと、途端に緊張して馨君は憂鬱になった。
「俺、髷を結ってハイ終わり、かと思ってた」
 声変わりのため、まるで風邪をひいたようにつぶれた声で馨君がため息まじりに言うと、元服式の準備に忙しくしていた若葉が笑った。御式までにその声も治るとよろしいですわねえ。苦笑した若葉に眉をひそめてみせると、馨君は火桶の前でまるで年老いた爺のように背を丸めた。
 公卿や殿上人を大勢迎えての元服式は、藤原家の一の君としてのお披露目も兼ねていて、馨君が思っていた以上に大規模だった。東宮惟彰が主上の代わりに出席すると聞いて、強張った面持ちの中、ひょっとして水良も来ているのだろうかと馨君は続々集まってくる公卿たちの中から水良の姿を探した。
 申の刻、一同列席する中、角髪姿の馨君が姿を現した所から儀式が始まった。
 何度か兼長邸での酒宴に招かれて一の君の姿を見てはいたものの、一の君が主役となって堂々とした居姿を見せたことはなく、そこに出席していた公卿たちはみなその美しさに感嘆の息をもらした。あれでは添臥もなく、兼長どのが手放したがらないのも道理だと、その場にいたみながまことしやかに囁きあった。
「兼長どのの一の君は、その愛らしさから春宮さまの覚えもめでたい方だと伺っていたが、まさかこれほどとは…」
 長いまつげを瞬かせて、まっすぐに加冠役の白梅院を見つめる馨君に、兼長のライバルとも言われている権大納言行忠が言葉をもらした。確かに、梅の精のようにお美しい若君です。隣に座っていた娘婿の柾目が、吸い寄せられるように馨君を見つめながら答えた。
 角髪を髷に結い上げてしまえば、かの姫に似ていると心騒がせられることもなくなるだろうか…。
 髪を整える理髪役の大蔵卿が、無骨な手で馨君の角髪を下ろした。それがよく見える位置に座していた惟彰は、馨君の華奢な首筋を見つめて小さな息をもらした。髪を整えて髻を結い上げると、馨君の首筋や綺麗な形の耳が露になった。緊張しているのか表情が少し強張ってはいるものの、白梅院から冠をかぶせられると馨君はそのふっくらとした唇にかすかに笑みを浮かべた。
 体や顔つきはややあどけないものの、馨君の立派な冠姿に、列席した公卿たちは角髪姿の馨君を見た時よりも一層、感嘆の息をついた。

 
(c)渡辺キリ