五人が宇治にたどり着いたのはすっかり夜も更けた頃で、右衛門佐の従者が会恵さまの庵はこちらにございますと言うと、右衛門佐が鄙びた檜垣(ひがき)の切れ間から中へ入って声をかけた。
「もし! 私は源充時と申す者!! 宮中で右衛門佐をしておる! 誰かおらぬか!」
すると、中から足音が響いて一人の法師が顔を出した。うるさいのう、寝られんじゃないか。何の用か。法師が尋ねると、馨君が声を上げた。
「会恵さま! 私を覚えておいででしょうか。侍従の藤原芳璃でございます!」
「なんだ、お前か。ではこの者は本物の大内の役人か」
右衛門佐を指して会恵が言うと、右衛門佐はムッとして当然にございましょうと答えた。袖に手を突っ込んでぽりぽりと腕をかくと、会恵はニヤリと笑った。
「衛門府の者とて、盗人まがいの輩は大勢おるぞ。この辺りも物騒でな、最近も可哀相に、宇治川の橋のたもとで女が盗賊に斬り殺されたと知らせが来て、経を読んでやった所だ。そいつも初めは内裏の役人だと名乗って呼び止めてから追いはぎをするそうでな、それかと思ったのだ」
「そう思ったのなら、一人で出てこないで下さりませ」
呆れたように言った馨君に、会恵は豪快に笑ってから目を細めた。お前たちの目当ては水良ではないか。会恵が言うと、馨君は身を乗り出して尋ねた。
「では、やはりこちらにおいでなのですか!」
「おいでも何も、酉の頃からいきなり参ってまだ居座っておるわ」
「今はどちらに…それより、髪は! 髪はまだ長いままなのでしょうね!」
今にも泣き出しそうな表情の馨君を見ると、オヤ?という表情で会恵は首を傾げた。
「水良は誰にも言わずに来たと言っていたが、なぜお前がそれを知っているのだ」
「だって…それ以外に、理由がありませぬゆえ! 会恵さま、水良さまの髪をまさか削ぎ落とされたのではないでしょうね!?」
「そんなに心配なら、その落っこちそうな大きな目でしっかりと確かめればよかろう。おい! 誰かこの君を水良の元へ案内して差し上げろ!」
騒ぎに気づいて屏風の影から様子を見ていた小坊主が、今すぐに!と飛び上がってからその場に平伏した。こちらにございます。そう言って先導する小坊主に従って馨君と右衛門佐は庭に回った。
「今宵は月が冴えて美しかろうと、お寒い中ですが、一人で庭を眺めておいででございます」
そう言って、小坊主は庵の外側を回って奥庭へ二人を案内した。白砂を踏んで二人が歩くと、ふいに馨君が息を飲んで立ち止まった。
夜の寒い気温の中、庭先に植えた松の青々とした枝ぶりを見上げていた人影が、気配に気づいて振り向いた。あ…。思わず一歩後ろに下がると、馨君はその場にへたりこんだ。僧形ではない。僧形ではないけれど。
「何だ、二人とも。なぜここにいるんだ」
驚いて発した声は確かに水良のもので、右衛門佐も驚いて水良さまかと尋ね返した。冠をかぶり、白い直衣に濃紫の指貫(さしぬき)を履いて、扇で松の枝を払う姿はどこから見ても立派な若公達で、馨君は声も出せずにぱくぱくと唇を動かした。スタスタと歩いて、腰が抜けて座り込んだ馨君の前に片膝をつくと、水良は松の枝にしたように扇で馨君の頬にひたひたと触れた。
「本物か。俺はまた、馨君の生霊がここまで追ってきたのかと思ったぞ」
「き…清姫(きよひめ)か、俺は」
馨君が呟くと、水良は笑った。あははと声を上げて笑うと、ポンと扇で自分の冠をついて水良は馨君の顔を覗き込んだ。
「もう元服してしまった。会恵さまに頼んで」
唖然としていた右衛門佐が、ふいに吹き出した。ここでは添臥しは無理だな! 右衛門佐がそう言って笑うと、水良は立ち上がってその通りだと目を細めた。直衣姿の水良に体を起こされて、まだ信じられないといった様子で馨君が水良を見つめると、水良は馨君を眺めてくるりと回ってみせた。
「どうだ、俺の冠直衣は」
嬉しそうに言った水良の表情は以前と同じで、まだ少年らしく得意げな顔をしていた。馨君が赤くなってあげ劣り(あげおとり)だなと答えると、水良は唇を尖らせて扇で馨君の額をついた。
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