月見の宴のための予行があるというので主上から内裏に呼び出された水良は、時々、小雨が降る中、雅楽寮から来た楽人たちの様子をボーッと見ながら大きなため息をついた。
結局、歌をもらってから夜通し眠れず、朝になってから馨君にもう一度話に行こうと思っていたら、夜も明けきらない頃に馨君は牛車で参内してしまった。それから一度も馨君の訪れはなく、近衛府に出向いてもすれ違いで馨君には会えなかった。三条邸もまだ女房の数が揃わず大変だろうに。あぐらを組んで宴の流れをぼんやり眺めていると、雅楽頭の源三篤が来て水良に声をかけた。
「佐保宮さま、常陸太守の就任おめでとうございます。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」
「ああ、三篤どの。ありがとうございます」
「何やら物思いに沈んでおられますな」
どうぞお座り下さい。水良が言うと、三篤はにこりと笑って水良の隣に腰を下ろした。今夜はこのまま内裏へ泊まられるのでしょうと三篤が尋ねると、水良はまあ…と頷いてあぐらを組み直した。
「バカなことをしてしまって」
「…ほう」
「答えようのないことを問うてしまったのです。私を思わぬと分かっていながら、ほんの少しの希望にすがりついてつい文を差し上げてしまった」
誰にも言わないで下さいよ。水良が膝に頬杖をついて憂い顔で言うと、三篤は頷いてそれはお辛うございますなと呟いた。しばらく黙って宴の予行を眺めていると、三篤がふいに尋ねた。
「それで、お文の返事は」
「来たには来たが…やはり戸惑っておられるようで、顔を洗って出直してこいと」
水良が笑うと、三篤もそれはきついお方でございますなと言って笑った。水まで添えてあった。水良が付け加えると、三篤はふふと手に持っていた笏で口元を隠して笑ってから水良を見た。
「佐保宮さまは、まだお若い。そう悲観することもないのでは? 少なくともお文を返していただいたのですから」
「そうかなあ」
「お相手がどのような方かは分かりませんが、お会いになるかまたお文を差し上げるかすれば、お相手の心も変わることもありましょう。明日は月見の宴、憂いた心を晴らすにはちょうどよい機会でございます」
「…ありがとう」
水良が笑って言うと、三篤はにこりと笑い返して立ち上がった。また雅楽寮や我が家へもお寄り下さいませ。そう言って立ち去る三篤の背中を眺めながら、水良は軽く息をついた。
今頃、近衛の陣に詰めているだろうか。
後で少し見に行こうか。とにかく会わなければどうしようもないのだし。休憩中だった宴の予行も三篤が戻るとまた始まって、水良はまたその様子を眺めながら馨君のことを考えた。
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