玻璃の器
 

 祝いを届けてくれた人たちへのお礼の文を書いて出すと、とりあえず権大納言へは三の姫のことは触れずに、今後ともよろしくと無難な挨拶だけを書いて送った。俺と噂になどならぬうちに、他へ片づいてくれるといいけど。祝いの品々をどうするか女房たちに指示してから、少し休もうと伸びをすると、東門がざわついているのに気づいて水良は四つん這いで廂に出た。
「誰か来たのか?」
「はい。白梅院さまがお見えでございます。こちらにお通しいたしますか」
「ああ…いや、やっぱり散らかってるから東へお通しして。すぐに行く」
 そう言って振り返ると、几帳を挟んで控えていた若葉がすでに冠や下襲を出していた。白梅院さまは礼節におうるさい方だという噂ですから。ニコリと笑って若葉が言うと、水良はあぐらを組んで烏帽子を外すよう頼んだ。
「親王は親王らしい格好をせねばならんってさ、夏の暑い盛りに水干を着ていったら、こちらの方が似合うからと童直衣を着つけられたこともあったよ。直衣に烏帽子で機嫌伺いに行こうもんなら、向こうで一式着替えさせられちゃったりしてね」
「白梅院さまは、本当に水良さまがお可愛いんですのね」
「祖父で、伯父でもあるからかなあ、と思うんだけど」
 白梅院の宮君である主上と、異母妹である女五の宮の一の宮である水良は、白梅院から数いる親王、皇孫たちの中でも一番可愛がられていた。水良に下襲を着せて直衣を着つけると、袖のしわをピンと伸ばして若葉は太刀を差し出した。
「さすがにそれはいいよ。どうせ外すんだから。同じ宮の内だよ」
 苦笑して水良が言うと、若葉はそうですか?と言って太刀を抱えたまま水良を送り出した。女房の先導で東の対へ向かうと、すでに母屋の奥にゆったりと座った白梅院が、女房の先触れにようやく来たかと脇息から身を起こした。
「お久しぶりでございます、おじいさま。ご無沙汰しております」
「全く、そなたは奔放にもほどがある。宇治で勝手に元服したと思えば、都に戻っても挨拶ひとつ文ひとつ寄越さず、何を考えておるのだ」
 いきなりの叱責に、水良は申し訳ありませんと言って廂に手をついて頭を下げた。そこにおれと声をかけて立ち上がると、お引き直衣の裾を引きずって白梅院は廂に出た。よく顔を見せておくれ。白梅院に請われて水良が立ち上がって外を向くと、白梅院は冠に大君姿の水良を見て満足げに目を細めた。
「お前がこの佐保宮の主になったか。皇太后がさぞかし喜んでおられるだろう。あれはこの宮を本当に愛しておったからな…左大臣の一の君が修繕をしてくれたそうだな」
「はい」
「左大臣の一の君と言えば、朕が加冠を務めたが…もうそんなに立派になられたのだな。行幸の時ぐらいしか顔を見かける機会もないが、主上や春宮からも目をかけられておるそうじゃないか。元気にしておられるのだろう?」
「元気ですよ。昨日も様子を見に来てくれました」
「そうか…あの君は、幼い頃の二条の方に本当によく似ておられる」
 にこやかに笑みを浮かべると、白梅院は水良の肩をつかんだ。大きくおなりだ。そう言った白梅院の目は慈愛に満ちていて、水良は本当にご無沙汰して申し訳ありませんでしたと頭を下げた。

 
(c)渡辺キリ