簀子をバタバタと騒がしく歩く音がする。
崇時か。脇息にもたれたまま気だるげに視線を上げると、予想通り、崇時中将が大股で庇に入ってあぐらを組んだ。女房も間に合わぬな。春宮が脇息に頬杖をついて言うと、崇時はご機嫌いかがかと尋ねた。
「いいよ、ありがとう」
春宮が答えると、崇時は本当でございますかとしつこく尋ね返した。いいと言うのに。春宮が不機嫌そうに素っ気なく言うと、崇時はホッと肩の力を抜いた。
「もう一週間も訪れがないと聞きましたので、もしやおみ足の痛みが高じて気鬱になられているのではと思いまして」
「淑景舎から聞いたのか」
「いえ、父上より」
まったく、内大臣からもう崇時まで伝わってるのか。淑景舎ではなくお付き女房たちが告げたのだろうが、これでは落ち着いて考え事もできぬ。
三条邸から内裏へ戻ってきた春宮は、自分が大怪我をしたという噂をこれ幸いにと、梨壺に引きこもっていた。夜のお召しも呼ばず出向かず、どちらの妃とももう一週間も会っていない。
気づいたら父上のことを考えている。
もとい、暁の宮のことをだ。あの達観したような目つき。なぜ父上は、暁の宮を親王としないのか。なぜ、佐保宮の御息所の所にいるのか。
「そなた、暁の宮のことを知っているか」
手に持っていた蝙蝠で気だるげに崇時を指すと、春宮は尋ねた。暁の宮さまでございますか。怪訝そうな表情で尋ね返すと、崇時は腕を組んで首を傾げた。
「さあ、私は耳にしたことがございませんが」
「そなたは嘘をつくのがヘタだな。頭中将ならもう少し上手く誤魔化すぞ」
ため息まじりに春宮が言うと、崇時は嘘ではございませんと赤くなって答えた。
「それよりも…」
「話をそらすな」
「違います。それよりも、春宮さまはどこでその名を? ずっとここで寝込んでいらしたのでしょう。女房から聞いたのですか」
咎められるように言われて、春宮はぶすっとした表情で崇時をにらんだ。嫌みな奴だ。私がいなかったことは、すでに理無い仲の小綾から聞いているだろうに。
「夢を見たのだ」
不機嫌そうな顔のまま、立ち上がって春宮は答えた。三条邸へ行ったことなど話したら、また何を言われるやら分かったもんじゃない。どこへおいでです。簀子へ出た春宮を見て崇時が振り向くと、春宮は麗景殿だと答えた。
文をいただいていたのに不精をしているし…それに、あの方と話していると落ち着く。
「春宮さま、先触れに参りましょう」
そう言った女房に頼んで、春宮はゆっくりと歩き出した。ついてきた初音が笑いを堪えて尋ねた。
「春宮さまは困ったことになると、いつも麗景殿さまをお頼りになられますのね」
「…そうかな」
赤くなって春宮が言うと、初音は後を歩きながら答えた。
「そのように見受けられますわ」
「何だか姉上みたいだなあと思うことはあるよ」
「お年は、主上より春宮さまの方が近いですものね」
そう言って、初音は笑った。初恋の姫だなどと言ったら余計に笑われそうだな。黙ったままゆっくりと歩いて、春宮は目を細めた。
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