麗景殿は今主上の一番新しい女御で、まだ年若く、三条の大臣にとっては異腹の妹、春宮にとっては叔母に当たる人だった。
入内したのは最近のことで、それまでは会ったこともなく、季節の文のやりとりすらしたことなかったのだが、初めて挨拶に出向いた時にえも言われぬ香りがして、聞いてみるとやはり香が好きで自分でも調香に凝っているのだという、ゆったりとした雰囲気の典雅な姫だった。
「麗景殿どの、ご機嫌はいかが?」
女房に促されて春宮がにこやかに中へ入ると、麗景殿は蝙蝠で顔を隠し、几帳の裏で平伏した。春宮さまもおみ足がよくなられたようで、ホッとしましたわ。にこやかに、そしてざっくばらんに言って麗景殿は面を上げた。
「またやんちゃをなさったとか。もうこちらにまでお噂は届いておりますのよ」
おかしそうに言うと、麗景殿は袖で口元を隠してふふっと笑った。仕方がないな。赤くなって答えると、春宮は片膝を立てて脇息にもたれた。
「麗景殿どの、あなたは三条の大臣とも心安いでしょう。もしや、佐保御息所とも折々の挨拶を?」
一瞬、人払いをしようか悩んで、それから春宮は聞かれても構わぬと勢い込んで尋ねた。ええ、この間も見事なお手の文をいただきましたわ。麗景殿が答えると、春宮は続けて尋ねた。
「あなたなら、暁の宮のことを何かご存じではあるまいかと」
女房たちが一瞬ざわめいた。春宮が麗景殿の言葉を待っていると、しばらく考え込むように黙っていた麗景殿が、恐る恐る答えた。
「私からは申し上げられませんわ」
やはりダメか。もう一度、東一条邸へ赴き、直接聞くしかないのか。春宮が肩の力を抜いて脇息に身を預けると、申し上げられませんが…と小さな声で呟いて、麗景殿は几帳越しに春宮を見上げた。
「頭中将どのなら、何かご存じかもしれません」
「姫さま」
そばにいた女房が、咎めるようにそっと麗景殿の様子を伺った。名まで知れているのだから。そう囁くと、麗景殿は言葉を続けた。
「あの方は義父上(三条の大臣)の北の方の甥にあたる方。昔から、義父上もそれは可愛がっておいでだったわ。共に何度か東一条邸へ行ったこともあると仰っておいででした」
「ありがとう、麗景殿どの」
パッと明るい表情を浮かべると、春宮は立ち上がって御簾の外へ出て行った。
「…よろしいんですか、姫さま」
古参女房が尋ねた。ご興味がおありなら、私が言わずともいずれ分かってしまうことだわ。そう答えると、麗景殿は立ち上がって上座にしとやかに座り脇息にもたれた。
暁の宮。誰もが口にせぬ名。
なぜ今頃になって、ご興味を持たれたのか。
「主上には内密に」
きっぱりとした声で麗景殿が言うと、そばにいた女房たちは黙ったままその場に平伏した。
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