御息所から人払いをと頼まれ、内裏から来た女房と暁の宮を残して御簾を下ろした西の対の女房たちは、いくら何でも女房どのとめあわせるおつもりじゃないでしょうねと囁き合った。
蝙蝠で顔を隠した女房が下座に座って深く平伏すると、御簾を下ろして薄暗くなった母屋の中で、暁の宮は笑った。
「どうぞこちらへ、春宮さま」
「…なぜお分かりに?」
驚いて春宮が顔を上げると、分かりますよと答えて暁の宮は立ち上がった。暗い中では余計に主上に見える。
「兄上」
春宮が呼ぶと、暁の宮は驚いて手に持っていた蝙蝠を取り落とした。何を仰せです。そう言って落とした蝙蝠を拾おうと身を屈めた暁の宮に、春宮はすがるような目で言葉を続けた。
「あなたが私の兄上だということは、すでに聞いているのだ。私とは相容れない立場にあることも…しかし、もしそれが、私がいるために起こったことならと思うと耐えきれぬ」
「何を…落ち着いて下さい、春宮さま」
「兄上、本当ならあなたが春宮と呼ばれていたのでは…いや、あなたはそう思っているのでは」
暁の宮の腕にしがみついて、春宮は言い募った。軽く興奮しているように真っ赤な頬で、ジッと暁の宮を見上げた。私が、春宮だったなら…? 私がそう思っているとでも、思っておられるのか。
黙ったまま、暁の宮は首を横に振った。本当に? 更に追いすがる春宮を落ち着かせるように背中をさすると、暁の宮は思っておりませんと答えた。
世が世ならと、一度は夢に見たこともあった。
しかし…私よりもあなたの方が春宮にふさわしい。あなたに一目会ってそう思った。皆から愛されこの人を支えたいと思わせる徳と、そして皆を守り栄えようという志を、あなたは自然と身につけている。
「私は、いや、私も、他の皆と同じようにあなたさまをお慕いしております。突然、私のような者の存在を聞かされ、動転なさったのでしょう。春宮さま、どうぞ気を落ち着けて下さいませ」
「暁の宮」
赤子をあやすようにギュッと春宮の肩を抱いた暁の宮の、広い胸に頬を寄せて春宮は息を吐いた。まだドキドキしている。これは…目を細めてぼんやりと暁の宮の体温を感じていると、ふいに暁の宮が春宮の体をかき抱いた。
「!」
驚いて春宮が顔を上げると、暁の宮もどこか驚いたような表情をしていた。言葉もなく、ジッとお互いを見つめた。暁の宮の呼吸をすぐそばで感じると、春宮は暁の宮の直衣の袖をギュッとつかんだ。
「私を哀れにお思いか」
ふいに暁の宮が尋ねた。女房姿の春宮の顔を覗き込んで、それから暁の宮は目を伏せた。黙ったまま首を横に振った春宮を見ると、ふいにブッと吹き出して暁の宮は笑った。
呆気にとられた春宮にも構わず、あははと笑い続ける。
「…何がおかし…」
「そ、その格好、内裏の皆が見たら腰を抜かすのではないかと思うと…!」
クククと身をよじらせて笑う暁の宮をドンと叩くと、春宮は真っ赤になって、これもあなたに会うためにやったことではないか!と怒鳴った。え? 暁の宮が振り返ると、春宮はもういいと言って顔を背けた。
眉を綺麗に剃って淡く描き、紅をさした唇を尖らせる横顔は、ゾクッとするほど愛らしい。
「春宮さま」
袖に隠れた手を上から握ると、暁の宮は胸の鼓動を感じながら春宮を見つめた。
この方は…異腹とはいえ、私の弟宮ではないか。
そして春宮、次代の主上だぞ。小さく喉を鳴らして、暁の宮はその顔を覗き込んだ。息づかいを感じる。柔らかそうな額の生え際の髪。
「…構わぬ」
目をそらしたまま、春宮が呟いた。その言葉にたがが外れたように、暁の宮は春宮を抱き寄せた。目を閉じて、その胸に頭を寄せると、春宮は身じろぎをして暁の宮の背に腕を回した。
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