ただ二人寄り添って、日が落ちるのを待っていた。
一夜限りの逢瀬と約束をした。直衣に着替えて化粧を落とすと、暁の宮に眉を描いてもらいながら、簀子に控えた頭中将に先に帰るよう告げた。
「明け方、迎えにきてくれ」
そう言った春宮の声は熱っぽく、頭中将は何も気づかないふりをして仰せのままにと答えた。入れ替わりに女房たちが日暮れと共に格子を下ろし、灯台に火を入れてまた下がって行った。
「夜を過ごす前に、こうして夕餉を共にするとは」
男女が夕餉を共にするのは何度か通って後のことで、春宮が言うと暁の宮もそれを思い出したのか小さく笑った。それでは、私が梨壺へ忍びましょう。暁の宮の言葉に、春宮はそうしてくれるかと真顔で答えた。
いっそ本当に私の兄上として公にし、梨壺へ入れようか。そんなことを私が言い出したら…父上と母上は何とお答えになるだろう。
「明かりはそのままにしておいてくれ。それと、今夜は宿直はいらないから、皆局に戻って休んでおくれ」
夕餉の膳を下げて寝所を整えた女房に、暁の宮が頼んだ。しかし…と言いかけた女房にそうしてくれと重ねて言うと、暁の宮は別の女房に直衣を脱がせてもらいながら、碁盤を出すよう頼んだ。
「庇の方へ」
暁の宮の指示で、美しい細工のついた碁盤が庇に置かれた。春宮に白い袿を羽織らせて平伏すると、襖を閉めて女房たちは下がっていった。
「碁盤?」
赤い単衣に同じような薄物の白い袿を羽織った暁の宮を見て、春宮は尋ねた。
「ええ、ただずっと語らっていたというのも、おかしいかと思って…」
暁の宮が照れくさそうに答えると、春宮は夜通しそなたと碁を打つのもいいかもしれぬと意地悪そうに言った。暁の宮が口をつぐんで、では、と碁盤の前に座ろうとすると、春宮は慌てて暁の宮の腕をつかんだ。
「冗談だよ」
「分かってます」
「あなたは冗談も普通の顔で言うんだもの」
赤くなって春宮が言うと、暁の宮はぎこちなく春宮の手に触れた。緊張しているのです。そう答えた暁の宮に、春宮はふと気づいて手を握り返した。
初めてなのだ。
元服だけは済ませているものの、将来の目処も立たず、室も迎えていない。暁の宮の手をギュッと握ると、春宮はその指に口づけた。
女房ともないのか。ないのだろうな…あの毅然とした御息所や、暁の宮を主上の一の宮として崇める周りの女房たちが、そのような下世話な気を利かせるとは思えん。
立て膝をついて暁の宮の頭を胸に抱きしめると、春宮はその手をつかんで自分の腰に触れさせた。私とて…男とは。腕の中の暁の宮が目を閉じて徐々に息を乱していく姿を見ると、春宮は襟元からふいに手を入れて肌に直接触れた。
そのまま前へ手を回して、暁の宮の単衣をはだける。
戸惑うような目で春宮を見上げると、目の前に迫る春宮の薄く色づいた唇を見つめ、暁の宮はそこにそっと口づけた。
どうしてこんな風に惹かれたのだろう。
触れるだけの口づけは徐々に熱が籠り、暁の宮は春宮の腰を抱き寄せて唇を吸った。春宮が唇をかすかに開き、舌を伸ばした。驚いて唇を離そうとした暁の宮の頭を抱いて、春宮はそこを貪るように舐め回した。
「あ…」
肩にかけていた袿がパサリと床に落ちた。そのまま暁の宮にもたれて横たわると、春宮は暁の宮の手を自分の肌に押しつけてうっすらと笑みを浮かべた。
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