内裏でも七夕の宴が催され、今を時めく崇時中将や頭中将を初めとした若い公達や、春宮の年若い妃たちも宴に花を添えていた。
殿上人たちが酒を酌み交わしながら思い思いに詩歌を吟ずるに至ると、主上に召されて春宮は渋々、御前に座って挨拶をした。つまらなさそうだね。笑いを堪えて言った主上の言葉に、春宮は赤くなってそんなことはありませんと答えた。
「ただ少し…いや、何でもないのです」
言いかけてやめると、春宮は珍しく黙り込んだ。
このように華やかな場に自分がいる時も、あの宮はひっそりと静かな東一条邸の西の対に佇んでいるのだ。
そう思うと、いてもたってもいられなくなった、春宮は顔を上げると、姿勢を正してご無礼を承知で申し上げますと張りのある声で言った。そばに立てた几帳の影にいた藤壺も、怪訝そうにお付き女房と顔を見合わせる。
「申してみよ」
主上が答えると、春宮は御簾内をジッと見つめた。
「主上がお忘れになられていること、それをこの先、ずっとそのままにしておくおつもりなのですか」
それだけ言うと、春宮は視線を伏せた。
何度、あの人を内裏へ連れ去りたいと思ったか。
庇に控えていた三条の大臣が、ちらりと春宮を見た。春宮さま、宴の席ですよと柔らかくたしなめる藤壺の言葉が、女房を通して伝えられた。それでも真っすぐに主上を見上げると、失礼いたしますと頭を下げて、春宮はそばにいた女房に梨壺へ戻ると告げた。
「…主上」
藤壺が心配げに呟くと、主上はもう子供ではないのだと一言答えた。その場にいた公卿がざわめく中、三条の大臣は女房に笛や糸ものを持ってくるように伝えた。
「今宵は少し楽の音が足りぬようでございます。こちらに居並ぶ方々は皆、楽に長じた方ばかり。しかし、このような機会でもなければ音を合わせることもありませぬ」
「そうですな。若い者ばかりに任せることもありますまい」
隣に座っていた時の内大臣も、場を盛り上げるようににこやかに笑って言った。しばらくして、公卿たちのゆるやかな楽の音が清涼殿に響き渡った。その音を遠くに聞きながら、梨壺にいた春宮は一人、物思いに沈んだ。
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