普段なら、三条の大臣が訪れると暁の宮の方から寝殿へ赴くのが常で、このように三条の大臣が西の対の渡殿を気ぜわしく通ることはなかった。
庇にはすでに円座が置いてあり、いつものように暁の宮は母屋で書物を開いていた。足音が聞こえると茵に座り直し、三条の大臣が現れると、呼び出してすまぬと低い声で言った。
「いかがされました」
ゆったりと円座に腰を下ろして三条の大臣が言うと、暁の宮は女房たちに下がってくれと頼んだ。二人きりになると、暁の宮は目を細めて三条の大臣を見つめた。
「あなたの好意を、ありがたく思っています」
「…何のお話をされているのか、分かりかねますが」
三条の大臣が答えると、暁の宮は意味が分からなければ分からずともよいと続けて、それから主上に似た眼差しで笑った。
「これまで、何も思わずにただ漫然と時を過ごしてきてしまった。それが私の唯一許された道だとも思っていた。けれど…そうではないのだな、三条の大臣どの」
「一の宮さま」
「私一人の力では、どうすることもできぬ。あなたの力を借りたい。頼まれてくれるか」
暁の宮は重ねて頼むと言って視線を伏せた。
何なりとお申し付け下さいませ。そう答えると、三条の大臣は円座から降りて深々と平伏した。
|