ウトウトとわずかに寝込んでふと目が覚めると、水良はすでに内裏に戻った後だった。
くしゃくしゃの髪をかき上げると、髢をグイと引っ張って外した。落ちていた水良の単衣を羽織って畳に座り込んだままぼんやりと庭を眺めた。
以前、ここで水良と庭を眺めた時は、二人寄り添って笑っていたのに。
冴え冴えとした美しさをその唇に灯して、馨君はそのままジッと鳥の声に耳を澄ました。すでに格子は上げた後で、女房たちはまだ俺をどこぞの姫と思っているのだろうかとおかしくなって、馨君は声をたてて笑った。ひとしきり笑って、それから水良の単衣に顔を埋める。
こんな終わりは、始まった時からすでに分かっていた。
だから、悲しむことなど何もない。契りを交わせただけでもよかったのだと思わなければ。水良の匂いのする単衣の前をかき合わせて抱きしめると、ふいに簀子から若君さまと声がかかって、馨君はドキンとして顔を上げた。
「若葉」
「おはようございます、若君さま。参内のご用意をなさいますか」
「こちらへ来ていたのか。いつの間に…」
角盥を廂へ運んできた若葉が、まずは白粉をお落としなさいませと言って微笑んだ。頬を染めて馨君が水で顔を洗っていると、若葉は水良の使っていた二階厨子から櫛笥を取り出して白い直衣を用意した。
「明け方、牛車で参りました。水良さまから夕べ文をいただきまして、内密で若君を迎えに来るようにと。驚きましたわ」
「うん…ずっと黙っていてごめん」
水良の単衣をきちんと整えて前を合わせると、若葉は目を細めて首を横に振った。分かっておりました。それだけ言って、若葉は黙ったまま馨君に直衣を着付けた。肩を覆う髪に丁寧に櫛を入れて髻を結い上げると、冠をかぶせて若葉は馨君の前に回って平伏した。
「みな、この身が朽ちるまで口外はせぬと申しておりますわ。馨君さま…どうぞ三条邸へお戻り下さいませ」
「…」
「若君さまが戻られぬ間に、あなたさまと萩の宮姫さまのご縁談がまとまりましてございます。兼長さまがお決めになられて、熾森が代筆して萩の宮姫さまと文を取り交わしております。水良さまと同じく、弥生が過ぎたらご婚礼をと」
「え…本当に?」
馨君が驚いて若葉を見ると、若葉は顔を上げて申し訳ございませんと呟いた。その表情は苦しげで、口止めをされていたのだろうかと目を伏せて馨君はまた庭へ視線を向けた。
水良には東宮妃が、俺には萩の宮姫が…年と立場を考えれば、それも当然のこと。
藤壺で話した時、父上はなぜ俺にその話をしなかったんだろう。すれば俺が反発すると思ったんだろうか。廂から簀子へ出て馨君は大きく息を吸った。
「仕方あるまい。父上にしてみれば、水良さまが東宮となった今、俺が独り身のままでいるのは不安なのだろう」
「若君さま、私は」
「参内した後、三条邸へ戻る。みなにもそう伝えてくれ」
馨君が振り向いて言うと、若葉はかしこまりましたと答えて馨君を見上げた。今は顔を見ないでくれ。そう言って馨君が簀子の高欄に手をかけて顔を背けると、若葉はそのまま静かに平伏してから馨君を残して立ち去った。
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