二条の方の野辺送りは愛宕(おたぎ)より行われた。
兼長に支えられながら、病を得た身で無理をして二条の方を見送った馨君は、そのまま愛宕の近くにある藤原家縁の寺で臥せってしまった。あまりにも二条の方に愛されていた馨君を、二条の方がその死と共に連れて行くつもりなのではと不吉な噂が囁かれた。その噂はついには内裏へも届き、怒った惟彰から噂を少しでも口にした者は処罰するという触れすら出された。
熾森や若葉を初めとする少しの従者、女房を馨君の看病のために残して、兼長たちは先に都へ戻った。寺の離れに当たる一室で、御簾を巻き上げ庭が見える所に寝かされた馨君は、熱に浮かされながら何度も二条の方の夢を見た。
何か仰っている。
聞こえない、いくら耳をそばだてても、言葉がはっきりと聞こえないんだ。悲しげな表情で立つ二条の方を見ると、馨君も同じように悲しくなって涙を流した。私が至らぬゆえ、おばあさまを悲しませてしまう。私の心に鬼が棲んでいるのを、亡くなられたおばあさまには見透かされてしまったのかもしれない。
水良、お前に会いたい。それでもずっとお前に会いたいと思っている。
もうどうしようもないのに。馨君がふと目を開くと、廂に花が一輪、玻璃の器に生けてあった。誰があんな所に花を…考えながら眺めていると、若葉が薬湯を持って入って来た。
「お目覚めでしたか。若君さま、薬湯をお飲み下さいませ」
「…苦いから嫌だよ」
馨君がぼんやりと若葉を見上げると、若葉は笑って、少しはお元気になられましたのねと答えた。汗をかいた馨君の額を丁寧に拭って体を起こすと、若葉は馨君の口元で薬湯の器を支えた。
顔をしかめながらも寺の好意だからと全部飲み干して、馨君はまた横になった。
「申し訳ないことだ。おばあさまが亡くなったばかりだというのに、私が動けずにこうして臥せってしまうなんて。藤壺さまも梨壺さまも、心細く思っておいでだろう」
「ええ、ありがたいことにお二人からも主上からも、お文をいただいておりますわ。それに萩の宮姫さまからも。熾森が若君はまだ臥せっておいでだからと代筆して返しましたが」
「そう…ありがとう」
目を伏せて、それから目を閉じると馨君はふうと息を吐いた。
やはり、水良からは来てないんだな。
今更、どうこう言える立場ではないが…寂しい。眉根を寄せて目を閉じている馨君を見て、若葉はそっと立ち上がり、廂に置いていた花を持ってきて馨君のそばに置いた。
「若君さま、せめてこの花を愛でてお気を楽にして、早く体を直して下さいませ。昨日はずっと眠っていらっしゃって気づいておられませんでしたけど、毎日、新しい花を生けておりますのよ」
「そう…ありがとう。綺麗だな」
馨君が目を開いて若葉を見上げると、若葉はニコリと笑って母屋を出て廂に控えた。しばらくぼんやりと水を張った器に浮いた花を眺めると、馨君はゆっくりと重くなった瞼を閉じて眠りに落ちた。
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