玻璃の器
 

 弘徽殿への祝いの品を届け、兼長と共に馨君の名代として濃子に祝いを述べた冬の君は、そのまま参内して梨壺で三の姫への取り次ぎを女房に頼んだ。
 あれから二度目の訪問で、新年の挨拶も兼ねているのだから構わないだろうと、冬の君は懐に忍ばせた櫛に手を当てて大きく呼吸した。姫さまがお会いになられるそうでございます。そう言って女房が廂へ冬の君を通すと、冬の君は円座に座って頭を下げた。
「このたびは姉上さまの皇子誕生、誠におめでとうございます」
 冬の君がにこやかな表情で言うと、女房たちが小声でひそひそと何か囁いた。冬の君の屈託のない声を聞くと、三の姫は呆れたように答えた。
「ありがとうございます。左兵衛佐さま、今日もお一人なんですの?」
「え? ええ」
「左大臣どのに、こちらへも顔を出すように言われましたの?」
「いえ」
 意外そうに冬の君が答えると、三の姫は脇息にもたれて几帳の間から冬の君をかいま見た。ものすごく知略に長けた方なのかしら、それともただのバカなの? 三の姫がジッと冬の君を見ていると、冬の君はそうとも知らずにニコニコと笑みを浮かべて言った。
「年が明けてから、まだ一度もお伺いしていなかったので」
「馨中将さまも、まだいらしておられませんわよ。今は姉上のことで内裏も大騒ぎでしょう。父上の邸へはたくさん祝いを述べにみなさんいらっしゃってるみたいですけど」
「そうなんですか? では、私も行忠さまの邸へお祝いを届けなければ」
「よろしいんじゃなくて? 姉上へはもうお届けになったのでしょ」
 三の姫が言うと、冬の君はそうなんですけどと答えた。何だかぼんやりして、変わった方ね。脇息に頬杖をついて、三の姫は手に持っていた扇をパチリと鳴らした。姫さま? 一番そばにいた女房が怪訝そうに声をかけると、心配ならあなただけ残りなさいと言って三の姫はジッと御簾越しに冬の君を眺めた。
 周りの女房たちが下がって行く中、平然と座って冬の君は涼やかな目でジッと御簾内を眺めた。剛胆なのかしら、それとも…やっぱりバカなの? 考えるとおかしくなって、三の姫はクスッと笑みをこぼした。あの馨中将さまでさえ、私の所へ挨拶に来た時はどこか緊張していらしたのに。
「冬の君さま、あなたは元服なさる前、下条に住んでいらしたと伺いましたわ。私、四条より下には一度しか行ったことがないの。どんな様子なのか教えて下さらない?」
「ええ、いいですよ」
 冬の君が笑顔で答えると、そばにいた女房が姫さま!と咎めるように声をかけた。うるさいことを言うならあなたも下がってもらうわよ。そう言った三の姫に、女房は渋々黙った。さ、お話しして。そう言った三の姫に、冬の君は子供の頃に住んでいた五条の様子を話しはじめた。

 
(c)渡辺キリ