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内裏の南庭にある桜は、春の嵐と共に一晩で散ってしまった。
藤壺で行われた大歌合わせの前に、皇子を弘徽殿に残して里下がりをしていた濃子の容態が、歌合わせが終わると共に一気に悪化した。内裏から出られない惟彰が文を届けても様子は分からないままで、馨君と時の中将が主上の名代として大納言行忠邸を訪れることになった。
内裏では派手に祈祷ができなかった分、行忠と北の方が手配した僧たちによる祈祷が庭先で行われ、護摩の煙が勢いよく上がっていた。濃子はまだ臥せっているというので代わりに応対した北の方は、はらはらと涙をこぼしながら、主上にはまだご内密にと言いおいてから口を開いた。
「前世でどのようなことがありましたのか、陰陽師が申すには、弘徽殿さまは本来、主上とは契りを交わすさだめではなかったのだということにございます。それが祟って、子まで成したことで神さまがお怒りになっておられるのだと。我が殿行忠はそれを聞き、大変な怒りようで、そのような世迷い言は信じぬと」
「そんな…その陰陽師は確かに信用のできる者なのですか。陰陽寮から確かな者を呼ばねば、弘徽殿さまのお命にも関わること」
「別の陰陽師を何人呼んでも、言うのは同じことばかり。時の中将さま…主上にはもうしばらく、お待ちいただけるようにとお伝え下さいませ。弘徽殿さまも内裏に皇子を残したままで、とにかくそれが気掛かりだと仰せでございます」
「分かりました、お伝えしましょう。陰陽寮にも手配して、こちらへ弘徽殿さまのご状態を見るように言っておきましょう」
眉を寄せて答えると、時の中将は馨君を促して立ち上がった。行忠の北の方は心労でやせ細り、顔色も悪かった。どうか御身大切に。そう言って頭を下げると、馨君は時の中将と共に牛車で内裏へ向かった。
「よもや、弘徽殿さまがあそこまでお悪くなられるとは」
ため息まじりに言うと、時の中将は眉を寄せたまま牛車の中であぐらを組んだ。しばらく弘徽殿の話をした後、少しの間黙り込んで、それから馨君は口を開いた。
「あの…内裏へ戻った後、久しぶりに鳴姫さまの元へ行こうと言ってたが」
「ああ」
「その…あの、申し訳ないがまた今度にしてもらえまいか」
「なぜ?」
真面目な馨君に約束を違えられたことはなく、驚いて時の中将が尋ね返すと、馨君は目を伏せて少しと呟いた。
「少し気になったので。その…別に今具合が悪いとかそんなことじゃないんだが、萩の宮姫と最近、ゆっくり過ごしていなかったなと」
「ああ…そうだな。最近、歌合わせの準備であまり姉上と話していなかったのだろう。いいよ、今宵は蛍宮邸へ行ってくれ」
「…すまない」
申し訳なさそうに呟いて、馨君は頭を下げた。まだ契りを交わしていないとはいえ、萩の宮姫は自分の細君で、今日の行忠の北の方の話を聞いていると何だか不安になった。あの方を置き去りにしては、きっと一生後悔するだろうな。目を伏せて考えていると、牛車はゆるゆると進んでゴトリと止まり、牛飼い童が大内にございますと告げた。 |