神無月も半ばの頃、白梅院への行幸が行われることになった。
そのための準備に追われながらも、新しく来た小さな弟に早く慣れてもらおうと、暇ができれば少しの時間でも三条邸に戻る馨君に、まるで通い妻でもできたかのようだなと殿上人たちが笑いながら話した。上手くやっているようで、安心したよ。時の大輔が機嫌伺いに梨壺へ行くと、惟彰がにこやかに笑いながら話した。
「馨君は一時、本当に元気がなかったですからね。冬の君は蛍宮邸におりましたこともあって、私もよく知っておりますが、蛍宮邸に来た頃は母上が亡くなられて間もなかったせいか、本当に少しも笑わない子で。それがこの前、三条邸で話した時は鈴が鳴るようによく笑っておいでで、馨君がいろいろと細やかに世話をしているためかと微笑ましく思いました」
廂に座を設けて庭を眺めながら時の大輔が言うと、惟彰も庭を飛んでいる蜻蛉をぼんやりと見て答えた。
「梨壺とも話していたのだが、あの方にとっても弟にあたられる方だからね。元服をなさる前に一度は顔を見てみたいと言っていた」
「馨君に聞いたことがありますが、冬の君はある方にとてもよく似ておいでだとか。春宮さまや梨壺さまがご覧になられれば、驚かれるのではと」
「驚く? どなたに似ておられるのだろう」
首を傾げて惟彰が言うと、それは私の口からは申し上げられませんと言って時の大輔はニコリと笑った。意地悪な方だな。目を伏せて笑い返した惟彰を見て、時の大輔はふと気づいて口を開いた。
「春宮さま、少しお痩せになったのでは。お加減でも悪いのですか?」
「え? いや…大丈夫だ」
惟彰が答えると、そうですか?と眉を寄せたまま時の大輔は腕を組んだ。
「春宮さまが梨壺さまにご執心だということは、大内でも話題に上っていますよ。春宮さまがご病気などということになれば、梨壺さまはもちろん、馨君も心配するでしょう。食事は召し上がっておられますか?」
「食べているよ。秋の夜長に…眠らずに月を眺めていたのでそう見えるのではないか」
「どなたとお眺めでした? 梨壺さまですか」
ニヤリと笑って時の大輔が尋ねると、残念ながら一人だよと答え、少し言葉を選んでから惟彰は顔を上げて時の大輔を見た。
「今度、父上の行幸の前に、東一条邸へ行こうと思ってるんだ。時の大輔どの、よければ案内してもらえぬだろうか」
「構いませんが、本当は馨君にお伴を願いたいのでは? 春宮さまは馨君をお気に召していらっしゃるし」
からかうように時の大輔が言うと、惟彰はいや…と呟いて手に持っていた蝙蝠を開いた。馨君は私と東一条邸へ行きたくはないだろうな。憂いた表情で庭の蜻蛉を眺めながら、惟彰は蝙蝠を閉じて笛を持って来てくれと女房に命じた。
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