二夜の月



歳さんと月見をしようと言っていたのだが、巡察から帰ると急遽会津との会合があり、出掛けたと小姓役の隊士から聞いて、仕方が無いとは思いながらも、がっくり来てしまった。
隊士にはそれと悟られないように、いつもの笑みを浮かべたまま、礼を言ったが。
ああ、会津との会合か〜。今日は一体どこでやるのか。何にしても、夕刻に出掛けたと言うから、きっと本陣などではなく、島原かどこかの花街で、だろう。
ということは、今日は随分と遅くなるということで。もしかしたら、泊まりになるかもしれないな。
折角の見事な月だが、一人淋しく見る羽目になりそうだ。
それにしても、巡察の報告をするべき歳さんがいないなら、どうしようもない。
ひとまず、汗を流してくるか。後のことは、とりあえずそれからだ。
湯殿に向かい、のんびりと湯に浸かる。ほっとするひと時だ。
しかし、近藤先生がいないから、歳さんも一苦労だな。俺にはとても勤まらないや。
そんなことを、つらつら考えながら入っていたら、思いのほかゆっくりと入っていたようだ。
自室に戻る途中、隊士の一人に声を掛けられた。
「先程、お手紙をお預かりしました」
「手紙?」
一体誰から? と思いつつ、礼を述べて部屋に帰る間に、封を開けると、左之さんの文字で。
何で左之さんから? 訝しく思いながら読んでみると、歳さんが呼んでいると、島原の揚屋の名が。
確か、歳さんは会津との会合に出かけたはず。なのに何で、左之さんから文が来るんだろう?
よく分からないが、歳さんが呼んでいると言われたら、行くしかないよなぁ。訳は直接左之さんから聞くのが早いし。


身支度を整えて、文にあった揚屋へ急ぐと、禿が出迎えてくれた。左之さんから言われて、俺が来るのを待っていたようだ。
可愛い禿に案内されて、通されたそこで、俺は心底びっくりするものを見た。
歳さんっ! と思わず叫びそうになった。
なんとそこには、左之さんと、太夫もかくやという格好をした歳さんが居たのだ。
どう見ても、歳さんだよな? うん、俺が歳さんを見間違うはずが無いし。
そう思って、促されたまま、歳さんの隣に座ったが、俯いて顔を上げない歳さんを、まじまじと見てしまった。
「如何したんですか? こんなところに呼び出して。それに肝心の土方さんは?」
ここにいるのが歳さんだと分かっていたが、俺としてはこう聞くしかないだろう。
「ああ、用事があったのは、土方さんなんだが、酔い潰れちまってな。別室で休んでるよ」
「そうですか。仕方がないですねぇ」
左之さんが、白々しくも言うのに、俺は相槌を打って。
「でも、何のようだったんでしょうね? 屯所で話せない話なんて」
「さぁ、なあ。俺は聞いてないからな。起こしてこようか?」
「いえ、いいですよ。休んでいるのなら、休ませてあげましょうよ。このところ忙しくて、疲れているだろうから」
俺の言葉に、隣の歳さんが、ほっと息を吐いたのが分かる。ばれてないと思っているようだ。
「そうか。でも、今日は十五夜だろう? お前とも一緒に、飲みたかったんじゃないか?」
「そんなこと、土方さん言ってたんですか?」
二人の約束事を、わざわざ人に言う歳さんじゃない。きっと酒をしこたま飲まされたんだろうな。今も酒の匂いがするし。きっと、こういう羽目になったのも、飲みすぎた酒の所為だろう。でなければ、気位の高い歳さんが、女の格好などするはずが無い。
「お前と約束があったとか、そんなことを言ってたぞ」
「へぇ。そうだと嬉しいですけど……」
邪気なくにっこり笑ったら、左之さんもにやりとして、それから、本当に白々しくも、歳さんに俺を紹介した。
「さあさあ、酒を注いでやって呉れよ」
「どうぞ」
左之さんに促されて、渋々俺に酒を注ぐ歳さんの白い手を見た。今日は白粉でも塗られているのか、いつもより更に白く、それが華奢な感じに見えた。
しかし、緊張してるのかな? 手が震えてるけど。
「ありがとう」
と、にっこり笑いかけながら礼を言えば、歳さんは恥ずかしいのか、すぐに俯いてしまった。折角だから、もっと顔を見たいのに。
そう思った俺の目に、前でにやにや笑ってる左之さんが映った。
全く何を企んでるんだか。
溜息を内心吐きつつ、左之さんに話を合わせるようにして、
「これだけ綺麗な人だと、私でなくとも一目見たら忘れられないと思いますけど」
と、にっこり笑って言ったら、歳さんは赤くなってしまって。う〜ん、いつもより反応がいいなぁ。なんか可愛いな。見た目は思いっきり美人なんだけど。
しかし、左之さんもよく話をでっち上げるな。大体、俺がこの隣に座ってる人を、歳さんだと分かっていると、知っているだろうに。
「そういや、お前好きな奴はいないのかよ?」
ああ、えらく急に核心に触れましたね。
もしかして、これが聞きたかったんですか? 左之さん?
「好きな人ですか?」
それで、この茶番を仕組んだ?
「そうですねぇ」
俺に、歳さんの前で言ってしまえと?
「お前、その歳になって、浮いた話の一つもないのは、変だぞ。いるんだろ、好きな奴が」
そこまで言われて、仕方なく俺は頬に苦笑を刻んだまま頷いて、左之さんの策略に敢えて乗せられた。
歳さんは、俺の話をどう聞くのか?
神経を張り詰めるように、
「好きな人というか。大事な人はいますよ」
左之さんに、というよりは、歳さんに告白するように、俺は言った。
「おお!! やっぱり!」
嬉しそうな左之さんの顔が、憎らしいな。
「一体、どんな風に大事なんだ?」
今度、道場でこのお返しは、きっちりさせて貰いますよ。
「自分の総てで、護りたい人ですね。その人の総てを。総ての物事から……」
「ふ〜ん」
俺の言葉に、左之さんは悪戯気に歳さんを見た。歳さんはそれにも気付かず、俺を呆然と凝視めていた。
「どんな感じの人だ?」
「とっても強くて、でも優しくて、眼のすごく綺麗な人ですよ」
何を考えているんだろう? 俺を見たままの歳さんの、今思っていることがとても気になる。
この人の驚きが、俺に好きな人がいるというだけでなかったら、とても嬉しいのだけど。
「眼?」
「ええ。まっすぐ前を凝視める眼が、とても綺麗です。きらきらと輝いて……」
左之さんにというより、俺は隣で呆然としている歳さんに、思いの丈を込めて言っていた。
通じていればいいな。俺の気持ちが少しでも。
「ほほう」
きっと、俺の想っている人が誰なのか、左之さんは確信しただろう。
だが俺は、何故か「まぁ、いいや」という気持ちにさせられた。
今まで秘めていた気持ちが、ばれたのに晴れ晴れとしたものがあった。






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