二夜の月



もうすぐ、九月十三日、いわゆる後の月見だ。
あの歳さんの女姿を見た日から、一ヶ月近く経つことになる。
あれから、よくよく歳さんを見ていれば、何か思い悩んでいるよう。思わず、もしかして? と期待してしまう。
でも、本当にいい機会なのかもしれなかった。歳さんの想いを確かめるためには。
よし! ここはひとつ、左之さんに、一肌脱いでもらおう。なんせ、あれをお膳立てしたのは、左之さんなんだし。
善は急げとばかりに、巡察から帰ってきたばかりの左之さんを掴まえて、俺の部屋に引っ張り込んだ。
「おい、何すんだよ!」
左之さんが喚くが、そんなことはお構いなしだ。気にしていたら、話にならない。
「ねぇ、左之さん。協力してくださいよ」
「何を?」
唐突に話を振られて、左之さんは困惑顔だ。
「左之さんは、もう私の気持ちを知ってるでしょ。私の想い人が、誰なのか」
「そりゃあ、なぁ。あれを聞けば嫌でも分かる。分かってないのは、当の本人ぐらいな者だろう?」
左之さんは、かかか、と豪快に笑った。こういうところが左之さんらしくて、いいなぁ。
「そうですよねぇ」
頷きながらも、つい溜息が漏れるよ。歳さんがあそこまで鈍いとは……。いや、思いつかないだけか?
「ああ、本人は分かんなくて、ここひと月ばかり、悶々としてるじゃないかよ」
「でね、私もあの姿を見て、決心したんですよ。もしかして、脈があるのかな? と」
左之さんは、確信があったんじゃないかと、俺は思ってる。じゃないと、あんな茶番は組まないだろうから。鬼の副長の制裁は、恐ろしいのだ。
「いや、歳さんが気に掛けてくれてることは、前々から分かっていましたけど。そういう意味で、気にしてくれてるのか、弟分としてだけなのか、判然としなかったから……」
だから、ずっと秘めておくつもりだったんですけど、と苦笑って、
「だけど、あの歳さんの姿を見てたら、黙ってるのが馬鹿らしくなって」
確かになぁ、と左之さんの相槌が入る。どう見ても「総司の大事な人」というのを、すごく気に掛けていたものなぁ、と。
「だから、私をその気にさせた左之さんに、協力して欲しいなぁ、って」
「おい、俺にお前の想いを遂げる片棒を担げってか?」
「元々、あの茶番を仕組んだのは左之さんでしょ。責任とってくださいよ」
「嫌だと、言ったら?」
「左之さんは言いませんよ」
左之さんの性格からして、そんな訳はないでしょ。こういうの、すごく好きでしょ。
「でも、そうですねぇ。もし言ったら……」
「言ったら?」
「ひと月に一度。私が満足するまで、稽古に付き合って貰おうかな?」
「げっ」
げっ、て失礼な。まぁ、もっとも左之さんが一番嫌がる条件を、出したのは確かだけど。
だって、私との稽古に防具なんかはつける筈もなく。そうすると、左之さんの体は青痣だらけ。それじゃ、洒落っ気のある左之さんは、女のところに行けないものねぇ。しかも、一月ごとでは直った頃に、また痣だらけになって、ず〜〜と女を抱けないものねぇ。
「で、俺に一体如何しろって?」
開き直った左之さんは、仕方が無いとぼやきつつも、協力してくれる気になったようだ。
「歳さんにもう一度、あの格好をさせてくださいよ」
「なにぃ」
俺の提案に、左之さんは仰け反って。そんなに驚かなくても。
「今度は、はっきりと私を呼ぶことを前提にね。そうすれば、はっきりするでしょ」
あの格好をしてくれれば、俺に気があるんだと。
「ふぅ〜。分かったよ。乗りかかった船だ」
盛大な溜息を吐きつつも、左之さんは承諾してくれた。
「感謝しますよ」
にっこりと最大限の感謝を込めて笑ったら、
「その笑みが、曲者なんだよなぁ。見掛け通りだと侮ったら、豪い目に合う」
と、すごく失礼なことを言われてしまった。そんなことを言うのは、左之さんたちぐらいなものですよ。
「毒を食らわば皿まで。その代わり、顛末は教えろよ」
そう言って、巡察の報告に行って来る、と左之さんは歳さんの元に行った。
期待してますよ、左之さん。



さて、一体如何言いくるめたのか。
歳さんが、ひと月前と同様の姿で、俺の目の前にいる。
今回は、薄紫の着物を纏っていた。濃いはっきりとした色も似合うが、色が白いから淡い色のものも、すっきりとその姿を際立たせている。
島原でない所為か、太夫の姿のよう豪奢な姿ではなかったが、やはり一見してそれと分かる風情で。
元から綺麗な顔立ちだが、化粧を施され、目元に紅を差したその姿は、うっとりするほど色っぽかった。
伏せ目がちな歳さんの顔を、もっとよく見ようと、俺がじっと見詰めるものだから、歳さんはいたたまれないのか、更に顔を伏せてしまう。ああ、あの綺麗な顔がもっと見たいのに。
しかも、歳さんは声でばれると思ってるのか、全く喋ってくれない。俺も、この場の雰囲気を壊すのが嫌で、いつものように喋らなかったけど。
ここは、月見をするための月見台の上で。壬生と島原の中ほどにある屋敷の中だ。たぶんこの後のことでも考えて、左之さんが手配してくれたんだろう。
だから、俺は月と歳さんの艶姿を愛でながら、黙々と酒を飲んでいた。
歳さんも、いつもなら体に悪いといって、酒など飲むな! と、煩いのだが、流石にこの状況ではそうも言えずにいるみたいだ。
だが、俺はこの状況に我慢できなくなって、歳さんに手を伸ばした。
歳さんは、はっとして、身を引こうとしたが、俺がそれを許すはずがなく。
がっしりと腕を掴んで引き寄せ、驚き目を見張る歳さんの顔を見ながら、口を合わせてしまった。
だって、ここにこうして来てくれてるってことは、俺のことを想ってくれてるからだろう?
でなきゃ、気位の高い歳さんが、そんな格好しないでしょ。
もう、我慢できないよ。
舌を深く差し入れ、きつく吸えば、やがて観念したのか、応えてくれだした。
縋るように俺の肩に置かれた手が、愛しい。それに勇気付けられて、胸元から手を差し入れようとすれば、俺の腕の中から逃れようと、もがきだした。
口付けには答えてくれても、そこまでの覚悟は、できていなかったらしい。
でも、今更俺は歳さんを逃がさないよ。
少しの間、鬩ぎ合いがあり、互いの唇が離れるや、
「そうじっ」
と、咄嗟に歳さんは叫んで。
そして、俺の名を叫んだ後、歳さんは不味いと思ったのだろう、動きを止めて、恐る恐るといった風で、俺を見た。
「うん、総司だよ。歳さん」
にっこりと笑い掛けて、歳さんの名を呼んだ。
「お、おまえ……」
名前を呼ばれた歳さんは、言葉も出ない様子で。
「ごめんね、歳さん」
すまなそうに、
「俺に歳さんが分からない筈ないでしょう?」
俺が、そう言えば。
恥ずかしさの所為か、かぁ〜、と歳さんは頬を赤く染めて。
「だから、もう一度見たかったんだ、この姿」
瞼にそっと口付けを、落とした。
「お前、俺をからかって……」
事の成り行きに呆然としていた歳さんだったが、しばらくして抗いだして。
「からかってなど……」
いません、と続けようとした俺を遮って。
「だって、お前……」
「はい」
「大事な奴がいるって、この前」
はい、そう言いましたよ。大事なその人の前で。
「ええ、いますよ」
「それなのに、こんな……」
まだ、それが自分だと気づかない歳さんに、苦笑するしかないよな。なんで、自分に対する俺の想いに鈍いんだろう。
「だって、その人は、歳さんのことですから」
「え? おれ?」
「ええ、そうですよ。なんで気付いてくれないんでしょうね、歳さんは。左之さんだって、気付いたのに……」
あの鈍感な左之さんでさえ気付いていたと言ったら、歳さんは結構傷ついたみたい。
「左之が……」
「そう。俺が好きなのは歳さんだって、この前確信したって」
俺を見上げる眼が、半ば開いた唇が、俺を誘って止まない。
「ねぇ、歳さん」
顔中に、口付けの雨を降らせて行く。
抵抗する気をなくしたのか、歳さんはなすがままで。
それでも、俺が少し離れると、気になっていたのだろう、ぽつんと聞いてきた。
「一体、いつから……」
気付いていたか? って。
「最初から、分かってたよ、歳さんだと」
宥めるように抱きすくめて、耳元に想いを込めて囁けば、歳さんは紅くした頬のまま、悔しげに唇を噛んで。
「そんなに、前から……」
隠そう隠そうとしていた努力が水の泡だったと知って、歳さんはがっくりきたようだ。肩を落としてしまった。
でも、俺はそれで止めてあげないよ。
今日は、このままでは済まさないからね。
「じゃ、今日のこれは……」
「うん。俺が左之さんに、頼んだんだ。歳さんの想いを、確かめたいからって」
左之さんに嵌められたと分かって、怒り出すかと思ったが、そんな気も失せてしまったらしく、歳さんは盛大な溜息を吐いて、うな垂れてしまった。
だけど、俺はここで追及の手を緩めないよ。
もう一度、それこそ俺のために、この姿になったのだから。
「ねぇ、自惚れても良いでしょう?」
さすがに、裾に手を差し入れたとき、歳さんは抗ったが、俺は構わずに太股に触れ、そのまま上へと撫で上げた。
けど、手に伝わる感触に、俺は驚いた。もしかして、抗った訳は、これ?
「歳さん。まさか、下帯してないの?」
歳さんは顔をこれ以上はない、というぐらいに、紅くして。
「お、おれは、嫌だといったんだ。だけど、着物に響くからと……」
どもりながら、必死に弁明をするが、そんな歳さんは、とっても可憐で。
確かに女性は、下帯なんてものをつけないから、それは分かるけど……。
でも、歳さん。結局それを受け入れたの? この着物を着るために?
歳さんは俺の胸元に顔を隠して、本当に消え入りそうなぐらい小さくなって。
その様に、愛しさが溢れてきて。
でもね、歳さん。本当にこの状態で、その気がなかったと言われても、俺は信じないよ。
「嬉しいよ、歳さん」
歳さんの露になった秀でた額に口付けながら、忍ばせた手を歳さんに絡めて、扱きたててゆく。
「ぅん、……あっ……」
俺の腕に縋りついた歳さんの手が、本当にいとおしい。
追い立てられて、歳さんはすぐに果ててしまった。
果てた所為で少し弛緩した歳さんの秘所に、俺は歳さんのもので濡れる指を宛がった。
思わず逃げを打った歳さんだけど、もう何も言わず、俺の指が周りをなぞり差し入れるのを、じっと待ってくれた。
まずは、一本。人差し指を差し入れて。解すように掻き回す。
異物感があるのだろう歳さんの、ちょっと顰められた眉が、色っぽかった。
徐々に解れて来たところで、指を中指も添えて二本に増やし、ばらばらに中で動かしてゆく。
その度にぴくぴくと、歳さんの体が、跳ねて。そして、先程まで届かなかったある一箇所を、中指が探り当てた途端、それは大きく跳ねた。
「ひっ! あ、あぁ……」
「ここが、いいの?」
俺が聞くと、歳さんはぶるぶると首を横に振って、応えるけど。
「ちが……。いや……、だ」
だけど、体は正直だ。一度果てていた歳さんのものが、もう一度大きく天を突いているもの。
いいんでしょう? ここが。
更に強く突き、刺激してやると、
「んんっ、あ……、あぁっ」
凄くいい声で啼いて。
俺も我慢できなくなった。
中を穿っていた指を引き抜き、代わりに猛っている俺を宛がい、突き入れた。
「っい! うぁ……ぁ」
流石にきついのか、歳さんの眦から涙が流れて。
でも、ごめんね。もう止まんないよ。
歳さんが身悶えた場所をめがけて、俺は一心に突いた。
「ひっ、ぃ……」
言葉にならない声を、歳さんは上げた。
「好き。歳さん、大好き」
狼藉を繰り返す俺に、それでも歳さんはしがみついて。
まあんまるい、ぽかりと浮かんだ月だけが、俺たち二人の睦み合いを、じっと見下ろしてた。




どうも、時期が全くずれてしまっていけませんね〜。月見なんてもうとっくに終わってるよぉ(涙)。
この話は、総司にある台詞を言わせたくて、延々書いてきましたが、どの台詞かお分かりになりますか?(笑)
最後、月の下でのシチュエーションは、なんだか尻すぼみになってしまいました。本当に中途半端ですね。だんだん訳がわかんなくなってきたんですよ。機会があったらリベンジします。



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