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(肆) |
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斎藤と芹沢たちとの顔見せも終わり、そういう風な時の常で、酒宴が設けられた。 この時期、もう一人佐伯という男が、芹沢の意によって、斎藤と時を同じくして加わっていた。 酒宴の席は、上座の右が芹沢、左が近藤と並び、その下にはそれぞれの派で並んでいた。 芹沢の方は、新見、平山、平間、野口、佐伯、そして井上。 近藤の方は、土方、山南、永倉、沖田、斎藤、原田。 井上が、芹沢のほうに居並んでいるのは、人数の都合上だ。 芸妓が所々に侍り、酌や舞を踊って、場を華やいだものにしていた。 芹沢に酒乱の気があるのは、数日来の付き合いでそれと知れていたが、飲み始めは随分と大人しいものだ。 しかし、場が無礼講の様相を呈してくると、危ないらしい。 それとなく、芹沢一派の様子を見るともなしに眺めていた斎藤だったが、不意に隣の沖田が席にいないことに気付いた。 先程まで、斎藤と差しつ差されつしていたはずだが、と思い姿を探すと、近藤と土方の間に座り、二人に酒を注いでいた。 その様を、暫く見遣っていた斎藤だが、ついぽつりと呟いた言葉を、原田に聞き止められた。 「何が、違うって?」 振り向くと、徳利を片手に、自分で猪口に注いでいる原田の姿だった。 「今、言っただろ。顔が違う、ってさ。一体誰の、何の顔が違うんだ?」 「…………」 暫く、斎藤は黙っていたが、好奇心旺盛な原田だ、興味津々の態で覗き込んできた。 「土方さん、だ」 「土方?」 少し顎をしゃくるように、視線を土方の移すと、原田もそちらを伺うように視線を動かした。 「沖田を見るときの顔は、全く違う」 冴え冴えとした冷たい土方の顔が、沖田を見るときは優しげな目の表情になる。 「ああ、そういう意味か。だが、お前もそうだろうが」 「私?」 「そう。おまえが総司を見るときの顔と、そっくりだ」 原田にそう言われ、斎藤は表情を変えなかったが、大層驚いた。 「気づいてなかったのか? 土方の顔は、おまえが総司を見るときの顔と一緒だ」 「…………」 「おまえも、総司を好いてるだろう?」 沈黙でもって、斎藤が応えると、 「見てりゃ、わかるさ。それぐらい」 原田には、ばれているというのだろうか。斎藤の恋心が。 「俺が総司と会ったのは、あいつが十五ぐらいの時だったんだが」 原田は、くいっと酒を煽って、話し出した。 「それから暫くして、あいつが女を知らないってんで、ひとつ吉原に連れてってやろうとしたんだ。決して早い歳じゃなかろう? 女を知るのに」 いい加減、躯も出来てきているし、確かに早いことではない。 斎藤が女を知ったのは、十四の時だった。 「なのに、土方にそれがばれて、こっぴどく怒られたんだ」 その時の状況を思い出したのか、原田の顔が歪んだ。 「総司にそんなの教えるなって。そりゃ、もうえらい剣幕でな」 鬼気迫る感じでな、怖かったぜ、と原田はおどけた。 「自分は随分と女遊びをしてるっていうのにさ」 土方の女遊びは、派手だったと聞いたことがある。 女に入れあげ、それが元で、吉原田圃で大立ち回りを演じたと、沖田から聞いたはずだ。 「それで、俺はぴんっと来たね。土方は、総司に惚れてるって」 「…………」 「そう思えば、思い当たる節があるんだ」 原田は言いながら、空になった自分の徳利を放り出し、沖田の膳に乗っている徳利に手を出した。 「おまえもそうだが、俺も総司に連れられて、試衛館に居ついた様なものでな」 自分と斎藤に注ぐと、原田は本当に美味しそうに、酒を乾した。 「で、土方には随分苛められたぜ。総司に近づくなって。総司の前ではそんな素振りは微塵も見せないくせに、俺と一対一になると、途端さ」 苦虫を噛み潰したかのような、原田の顔が話の内容とは裏腹に、どこか笑いを誘う。 「今は随分と体が出来てるが、まだまだ、あの頃は華奢でな、総司の奴」 すぐに尽きた酒を、徳利を振って名残惜しそうに、原田は舐め取っていたが、 「しかも、あの愛想の良さだ。誤解した奴も数知れずみたいだったぜ。土方が眼を光らせてはいたけどな」 酒の追加を持ってきた女を目敏く見つけ、酒を寄越せと喚いた。 「俺が総司とつるむのも、裏があるって思ったみたいでよ。そりゃ、そういう風なのも、知ってはいるが、俺は女の方がいいんだ」 なのによ、とぼやきつつも、強ち後を引きずっていないのが、原田の良いところだろう。 「だが、土方にすれば、気が気じゃなかったんだろうよ。総司の周りをうろつく奴が。おまえも結構沖田とつるんでいただろう? なにか、されなかったか?」 「いや、別にそんなことをされた覚えは、特にないが……」 当時を思い出し、斎藤は答えた。 「そうか。まぁ、土方も少しは大人になってたんだろうよ」 本心はどうだか知らないが、と内心で原田は呟きつつ、 「だけど、今回総司はおまえと会ってたこと、土方に言ってなかったみたいだからな。それで随分ご機嫌斜めみたいだぜ」 土方へ顎をしゃくった。 やっと斎藤は、合点がいった。 土方の、視線に。 どこかで見たような気がずっとしていたのだ。 それは、斎藤が沖田を見るのと同じ眼差しだったのだ。 それで辻褄も合う。 斎藤に対する、土方のどこか不機嫌な態度に。 確かに面白くはなかろう、惚れた相手の隠し事は。 もっとも、沖田にしてみれば、京へ残るために忙しく動いていた土方を、煩わせることはないとの判断だったのだろうが。 「おまえの総司に対する心情。それも面白くはなかろうさ。おまえ自身は、気付いてなかったろうが、あの当時からのものだろう? 気をつけろよ。でないと、やっていけないぜ」 原田にしては、最大限の忠告を斎藤に与えた。 斎藤も、一応頷きながらも、まだ深く考えていなかった。 土方という男を。 そして、沖田と土方の関係を。 |
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ほほほ、原田には、斎藤の想いもばればれです。 もちろん、沖田と土方さんの関係も。 そして、もうひとつの秘密も、知っているかのようですが……。さて……。 |
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