氷点



(伍)


なるほど、そういう眼で見ていると、確かに土方の沖田に対する態度は、惚れた者に対するものだろう。
京へ来てからの張り詰めたようなあの冷たい眼差しが、沖田を見るときだけ和らぐし、何かと文句を言いながらも決して邪険には扱わない。
沖田のあの愛想の良さだ、芹沢が沖田を可愛がるように接するのを、露骨に態度には表さないが、いい感情を抱いていないのが分かる。
京大坂で募った新入りたちが、幹部の中では歳若い沖田を慕うのも同様だ。
節度を持って沖田に接しないと、土方のご機嫌を損ねる羽目になる。



沖田と土方の決定的な関係に気付いたのは、大坂での出来事だった。
相撲取りとの乱戦から数日後、屯所に残っていた土方と佐伯も大坂に出てきた。
その時に、沖田が片鬢に負った傷を見て、土方は顔色を変えた。
もっとも、そう気付いた人間がどれほど居たかは、斎藤には分からぬが。
沖田の傷は軽く、既に瘡蓋が剥がれるまでになっていたが、その周辺はまだどす黒く、変色したままだった。
土方は、先に大坂に出張した皆を労い、その慰労と、井上源三郎の兄・松五郎の送別を兼ねて、大坂常安橋の旅宿で、酒宴を催した。
酒宴となれば、芹沢は本当によく飲む。
先日の相撲取りとの発端も、酒に酔った芹沢の堪忍のなさが原因の一つだ。
それにも拘らず、全く反省していないかのような飲みっぷりに、近藤の顔も渋面だった。
沖田も芹沢の豪快さを気に入ってはいるが、それに輪を掛けるように、芹沢も沖田を気に入っている。
こういった席になると、沖田を呼びつけ、酌をさせることも度々だ。
それに対し、沖田も嫌がらず、芹沢と近藤の間に座り、双方に酌をしているのが常だった。
それとなく土方を見ると、沖田が芹沢に酌をするのが気に食わないのか、むっつりと酒を飲んでいた。
沖田が芹沢を慕っている風なのも、機嫌の悪さに拍車を掛けるのだろう。
場が盛り上がってきて、誰も土方の不機嫌さを気にしなくなった頃、土方が席を立った。
斎藤が気付かぬほどひっそりと。
だが、皆に酌をしていた沖田が立ち上がると、土方も居ないのに気がついた。
沖田が座敷を出て行く後姿を目線のみで追いながら、きっと沖田は土方を追って出て行ったのだろうと、何故か斎藤は思い至った。
それから、一口酒を口に含み、斎藤も誰も気付かぬほどに気配を立ち、沖田の後を追った。
廊下に出て、右と左、一体どちらに向かったのかと見回してみたが、左の奥へと続く闇の方へと足を進めた。
酒宴の場と違いひっそりと静まり返る奥の階段を上がって、仄かに灯りのともる二階の一部屋に、人の気配を感じ、その続きの間に斎藤はそっと滑り込んだ。
「歳さん」
沖田の土方を呼ぶ声が聞こえた。
なるほど、二人になると、沖田は土方を、昔の呼び方で呼ぶのか、と斎藤は思った。
「そうじ」
それに対して応えた土方の声は、斎藤の耳に酷く甘く聞こえた。
襖をほんの少し開けると、暗い闇に慣れた斎藤の眼を、明るく感じる光が射った。
そして、それよりも尚、衝撃的な光景が、眼を射った。
どこか予測していたとはいえ、それが斎藤にとって衝撃的なことに、変わりなかった。
沖田と土方は、抱き合い、口を吸い合っていた。唾液が伝うほどに。
角度を変え、深く舌を絡めあっているのが察せられる。
「んっ、……は、ぁ……」
沖田の手が、土方の胸を弄っているのだろう、合わせ目から中へと消えている。
息継ぎに土方の掠れた声が、漏れ聞こえ、徐々に土方の躯が傾いでいく。
互いに袴の紐に手を掛け解いてゆき、下帯も共に取り去ると、横たわった土方の陽に焼けぬ白い足が、裾を自ら乱し、そこへ沖田の指が、誘われるように吸い込まれてゆく。
己を穿つ沖田の不埒な指の動きを、土方は従順に許し喘いでいる。
「あ、ぁ……。んぅ……」
あの自尊心の高い男が、と斎藤は思う。
「そう、じ。もっと……」
腰をくねらせ、更なる刺激を求めて、土方が先を強請る。
「歳、さん」
土方からは快楽の証だろう汁が滴り、指を抜かれ収縮したそこが、沖田の怒張したものを解された箇所に宛がわれて、喜んで迎え入れた。
「あぁ……あっ……ぅん」
沖田が抜き差しする度、土方の口からは抑えた、それでも喘ぎがあがり、もっと深く銜え込もうと、貪欲に沖田の腰に足が絡む。
それを振り切るように激しく沖田が、腰を打ちつけていく。
中の壷を刺激され、一際土方の背が撓むと、沖田の躯の動きも一瞬止まり、土方と共に果てたのが分かった。
一体いつから、二人はこんな関係だったのだろうかと、目の前で繰り広げられる痴態を見ながら、斎藤はぼんやりと思った。
「そう、じ……」
果てた後の土方が満足して、うっとりと沖田の名を呼ぶ声を、忘れ果てることなど斎藤には出来そうもなかった。




やっと、沖土シーンが登場しました。
さぁ、現場を見てしまった斎藤ですが、これから、どう展開していくかは、お楽しみに。



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