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(八) |
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あの当時、誰か試衛館の人間が、裏で糸を引いていると疑ったこともあった。 が、ただの自分の思い過ごしだと、斎藤は思い込もうとしていた。 あの人のよい近藤を筆頭にした、試衛館の面々を疑うことなど、沖田に対しても失礼だと思ったから。 しかし、京での試衛館の面々の別の側面を目の当たりにして、あいつらを唆し煽ったのは、土方だと斎藤は確信した。 奴らに、斎藤の出歩く時を教えたのは土方だ。 沖田に近づく斎藤が、邪魔だったのだ。 だが、沖田が斎藤を気に入り、懐いている手前、表立っては何もせずに、裏で糸を引き、奴らを操ったのだ。 色々と吹き込んだのだろう。最後の時のあの男の血走った目を思い出して、そう思う。 それぐらい、土方には造作もなかろうと、今の土方を見ると思える。 どうして、斎藤の揉め事を知ったのか、斎藤は知らない。 しかし、沖田から斎藤が試衛館に転がり込んだ経緯を、聞いたに違いない。 親切面した顔をして。 その上で、奴らを探し出し、扇動して、斎藤を殺すように仕向けたのだ。 結局、斎藤は死なず、奴らの方に死人が出たが、土方にしてみれば、斎藤が居なくなったことに代わりがなく、万々歳だったことだろう。 それが思いもかけず、この京洛の地で、沖田が斎藤と出会い、さぞ臍を噛んだだろうと思えば、斎藤の顔に嗤いが広がった。 今も土方は、沖田にくっ付くような輩を、引き剥がすのに余念がない。 あまり必要以上に沖田を慕っていると、土方のご機嫌が損なわれて、理不尽な目に合う。 もっとも、そのことで、沖田を傷つけることのないように、細心の注意を払ってはいるようだが。 土方には、斎藤も邪魔で邪魔で仕方がないようだったが、斎藤への近藤からの信頼と、沖田の接し方から、どうにも引き剥がせないようだった。 部屋割りを決めたときも、沖田と同室になどしたくはなかったのだろうが、沖田にせがまれて渋々許したようなものだった。 沖田は剣の強い男が好きだ。沖田の人の判断の基準は、剣の強さだと言っても過言ではない。 その上、近藤や芹沢のように、豪快で大らかな男が大好きだった。憧れていると言ってもいいだろう。 斎藤は性格こそ、沖田の憧れとは違ったが、その剣の腕前は沖田の眼鏡に適うものだった。 それに歳も近い。類まれな天賦の才が災いして、今まで歳の近い剣の腕の良いものに巡り会えずにいた沖田にとって、斎藤は格別の存在だった。 だから、沖田は斎藤に付き纏う。 そして、それが幸いしたのだ。 剣の腕の差だけは、土方も異論を挟める立場にない。 斎藤が近づくのなら、土方ももっと露骨に追い払えたのだが、沖田が斎藤に懐いているように見える状態では、どうしようもなかったのだろう。 が、斎藤の沖田への想いは、気付いていて、沖田が斎藤といると、何かにつけ沖田を呼びつける。 沖田は、他愛もないことで呼ぶんだから、と笑っていたが。 また、己たちの関係を、斎藤が知っていると分かっているようで、沖田は己のものだと、斎藤に見せ付けたりもする。 他の人間の前では、そんな素振りは見せないから、斎藤と沖田の仲の良さに、嫉妬しているのだろう。 そして、牽制も含んでいるに違いない。 芹沢を殺し、隊士たちを厳しく処断し、鬼と恐れられる土方も、殊近藤と沖田には弱い。 二人の己への思いが揺らぎないと思えるからこそ、あそこまで果断なく振舞えるのだろうと思う。 そして、沖田に嫌われることが、土方にとって何よりの恐怖だろう。 それを思うと、いっそ沖田に、土方が斎藤を陥れ江戸を出奔させた事の次第を、教えたいとすら思ってしまう。 いや、それを沖田に告げると、土方に言ったときの顔が見てみたいと。 一体どんな表情をするのか。 そう思い浮かべるだけで、心楽しいものがある。 が、それは容易には用いはしなかった。 切り札にせねばならぬと、斎藤は思っていた。 |
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さぁ、斎藤はどう反撃にでるでしょう? |
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