氷点



(拾弐)


慶応3年正月、伊東に誘われ島原に居続けた斎藤と永倉は、呼び戻されて帰ってきて、それぞれの場所で謹慎と相成った。
「上手く伊東に取り入れた様だな」
土方の私室で謹慎となった斎藤に、土方は向かい合って聞いた。
「ああ、そうだな。自惚れ屋だからな、伊東は……」
それが、命取りになるとも知らず。
気がついたときには、土方の策略の前に屍を晒していることだろう。
しかし、土方もよく自分を自室で、謹慎させることにしたものだと、斎藤は思う。
人目を気にせず、斎藤とこれからのことを密謀するには都合がいいだろうが、抱かれるという契約は続いているのだ。
邪魔立てする者もない、密室で数日間二人っきりなど、どう考えても襲ってくれと言ってるようなものだと、斎藤には思える。
こんなお膳立てが出来ていて、手を出さぬと思っているのだろうか。



男の躯になど興味もない。ただ沖田が抱くこの躯だけに興味があった。
秀麗な顔をしていると思う。
肌も肌理が細かく、躯の感度もとても良い。
男にしておくには惜しいほどの。
ましてや、三十路を過ぎたとは到底思えぬ。
如何に、沖田に愛でられているか、分かろうというものだった。
その躯を押し倒し、斎藤は貪る。
最初は抗った土方だが、痕が残るほど押さえつけると、抵抗が止んだ。
斎藤との情事の痕が残ることを、土方は何より忌み嫌っていたから。
副長室でという場所での行為は、背徳の匂いが強く漂い、斎藤だけでなく土方をも興奮させるようだ。
真っ昼間ということも作用しているだろう。遠く隊士たちの喧騒も聞こえてくる。
「……ぁ、っつ……」
土方の息が荒くなるのが、常より早く感じた。
声が漏れぬように猿轡をはめ、尻を高く掲げさせて犯す。
気位の高い土方が、なすがままに貪られても、唯々諾々と従っているのが、斎藤に更なる快感を呼び起こさせた。
「沖田が、この様を見たら、なんと言うだろうな?」
そう言って、言葉でも責めながら、斎藤は土方の奥へと腰を叩き付けると、土方の反り返った背は、ぴくんっと跳ねた。
だが、沖田が屯所にいないことなど、どちらも百も承知だ。
なにせ、こんな状況になる前、沖田は上番の報告に来たのだから。
でなければ、いくらなんでも土方が抱かれることはないだろうし、斎藤にしても沖田に知られるような危険は冒したくなかった。
土方の張り詰めたものには一切触らず、斎藤はただ激しく腰を動かし頂点を目指す。
それでも、慣れた土方の躯は唯々諾々として、斎藤の行為を快感と捕らえ、登りつめてゆく。
自分の下でなす術も知らず、喘ぎ悶える土方の姿だけで、斎藤は征服感を得て達した。



斎藤は近くに置かれていた煙管を手に取り、ゆっくりと燻らせた。
斎藤の手にしている煙管は、以前沖田が土方にと買い求めたものだ。
その買い物に付き合わされた斎藤は、理性では納得しつつも土方を羨んだものだ。
自分には手に入らないものを。
その当の土方は、斎藤の傍らで白い背を見せて、気を失うように臥せっていた。
微かに上下するように動く背が、生きているのだと分からせるだけである。
布団も敷かず、ただ犯すように貪ったまま、放り出した土方の躯を見遣るともなしに、斎藤は煙を吐き出しながら見遣った。
此処は副長室である。いつまでも乱れた、衣服をまともに纏っていない格好でなどいられないのだが、斎藤は動くのも億劫で着物を肩に羽織り座り込んだままでいた。
厚い雲間から時折り差す冬の陽射しが、空の雲の流れを二人の上に落としてゆく。
いまだに、間者になる見返りに、土方に出した条件は、斎藤自身にも不可解だったが、沖田が抱くこの躯を抱くことで、斎藤は沖田と同化したかのような錯覚を、得たかったのかもしれない。
そんなことを思いながら、こんっと、小気味良い音を立てて、斎藤が雁首を煙草盆に叩くと、応じるように鳥の鳴き声が聞こえてきた。






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