対の響

(壱)



歳三が、その鈴を初めて目にしたのは、井上から総司の親しい女が数日前に死んだ、と聞かされたその翌日だった。
総司に親しい女が居ることは知っていても、その女が死んだことを、全く気付かなかった己の迂闊さに、歳三は愕然とした。
また、それを微塵も感じさせなかった総司にも。
総司のことなら、何でも知っているつもりであったのに、いつの間に離れていたのだろうか。


「それは、一体如何したんだ?」
茶菓子を携え、いつものように部屋を訪れた総司に歳三は、とうとう我慢できずに聞いた。
総司は女が死んで幾日か経つのにも拘らず、歳三には女の事は一切言わなかった。
歳三は、総司が何か言ってくるのを待っていたのだが、しかし一向に何も告げぬ総司に、その鈴を見て歳三のほうが、黙っていることが出来なくなったのだ。
「これ、ですか?」
「鈴なのか? そんな形をしているが、音がしない」
音のしないその鈴が、総司の女と関係があると、そう思っての歳三の問いだった。
「そうですよ。でも、土方さんは目聡いなぁ。音がしないのに……」
総司は、穏やかな顔で鈴を見遣った。
総司のそんな顔は、歳三はついぞ見たことがなかった。
「これは、絢乃に貰ったのです」
「絢乃?」
「ええ、先日光縁寺に弔った女です」
それで、歳三は総司の死んだ女が、絢乃だと言うのだと、初めて知った。
歳三に聞かれて、わざわざ隠す気がなくなったらしい総司は、鈴のことを、話し始めた。
だが、この時の歳三は、総司が本当に隠しておきたかったのは、女の存在ではなく、別のものだったことに気付かなかったのだ。
目先のことに囚われすぎて。
そして、己の感情にも。


「絢乃の死の間際に、貰ったのです」
そう言って、二つの鈴を、手のひらで転がすように弄びながら、言葉を繋いだ。
「二つの鈴は、比翼の鈴と言って、絢乃の家に伝わるものだそうです」
「比翼の……」
「ええ、子供が生まれたときに、二つ揃いの鈴を作り、肌身離さず身につけているのだとか」
そう言いながら、総司は鈴の結び付けられた下げ緒を解いた。
「それで、婚姻の相手にその内の一つを、渡すのだそうです」
ほら、空想上の鳥、比翼が刻まれているでしょう? と、総司は歳三に見せた。
「本来は金の鈴を夫が、銀の鈴を妻が持つのだそうですが」
いつまでも、比翼のように仲睦まじく、との意味を込めて。
「絢乃は、もう持てないから」
女が言ったときを、思い出しているのだろうか。
「私に、二つ諸共に持っていて欲しいと……」
そう言って、微笑む総司の笑顔は、静か過ぎて、歳三には痛かった。
「けれど、私が身につけるには、音の鳴る鈴は不向きでしょう? 敵に気付かれる」
総司の下げ緒は、いつも蒼い色だが、今しているのは、明らかに真新しい下げ緒だった。
「だから、絢乃を弔ったその日に人に頼んで、音の鳴らない様にして貰ったのです」
その下げ緒に、金と銀の鈴が二つ。
比翼の鈴が二つ。
「それが、今日出来たと連絡があって、ほんの先程、取りに行ってきたんですよ」
その時に、茶菓子も買ってきてしまいました、と総司は舌を出した。
「それを、すぐに気付くなんて、さすがは土方さんだ」
気付かぬわけがない。
弟のように、ずっと目を掛けて、慈しんでいた総司のことだ。
それが、真新しい下げ緒と鈴を見て、気付かぬわけはないのだ。
けれども、己の知らない総司のことを、総司と女のことを、問い質したい焦燥に駆られつつも、歳三にはその術がなかった。
女の死を昇華させたかのように、屈託なく笑う総司を見て、歳三は何も問うことが出来なかった。もう、それ以上。





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