![]() (弐) |
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歳三の顔を見ていれば、歳三が女のことを気にしてるのが、総司にはよく分かる。 だが、総司も殊更隠していたつもりはなかった。 総司が歳三に隠したかった事は、女の事ではない。別の事だった。 それを隠すために、女の事も詮索されることのないのをよいことに、黙っていただけだ。 隠したいことは、未だ心にそのままにある。 それを悟られないためにも総司は、歳三が気にしている女のことを、歳三に話しておくことにした。 歳三が問い質したいことは、決して鈴のことではなく、それをくれた女との事だろうから。 真実と虚実。それらを、入り交えながら。 一つの偽りを、十の真実の裏に隠して。 絢乃と総司が出会ったのは、池田屋のすぐ後のことだった。 池田屋で倒れた総司は、会津藩のお抱え医師から、内密に町医者を紹介してもらっていた。 会津の医者は、金瘡医だったから、本道の医者に掛かるがよかろうとの判断だった。 そこで、絢乃と知り合った。 心の臓を患い、先は長くないと診断された女性だった。 絢乃が外を出歩けるのは、医者に通うときだけだった。 それ以外は、養生先の離れ家で、手慰みの組紐を編んで過ごす日々だった。 本来なら、絢乃の家は、医者の元へ通わずとも、医者がこぞって来るような家だが、家に閉じこもってばかりも良くないと、医者にだけは通わせていたのだ。 治らぬ病を患っているにも拘らず、明るさを失わない絢乃に、総司は興味を引かれた。 だから、総司もいろいろな理由をつけ、度々そこに通い、出会いを重ねた。 絢乃の供の者も、絢乃の余り長くない刻を慮ってか、一切禁じる素振りは見せなかった。 それどころか、二人が出会って暫く経ち、絢乃の病状が重くなると、一人離れ屋敷に住まう絢乃の元へ通ってくれるようにと、懇願された。 先の見通しのよくない娘に、束の間であっても、ささやかな幸せを願ってのことだろう。 それが、ちょうど山南さんが、脱走し切腹した後くらいのことだった。 それから、ほぼ二年。 よくもった方だと思う。 最後は、本当に安らかな死に様だった。 鈴を最後の願いだと言って、総司に渡しながら、にこやかに笑って逝った。 だから、総司は絢乃の望みのままに鈴を受け取った。 そして、絢乃の家の了解も取って――勿論、絢乃の家ではちゃんと別に弔っている――、縁者として光縁寺に弔ったのだ。 「この鈴は、もう二度と鳴らないけれど……」 鈴の奏でる澄んだ音色は、もう決して誰の耳にも届かない。 「私の心の中では、今も二つの音色は、響き合ってますから」 しかし、今しも、鈴の音が聞こえるかのような、総司の声色が、どこか淋しさを誘う。 そして、歳三の心にも、聞いたことのない対の鈴の音が、響いてきた。 |
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