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偽り。 そう、歳三に語った絢乃とのことは、隠された真実があちこちにあった。 確かに、絢乃と総司が出会ったのは、池田屋のすぐ後のことだった。 総司は診察を受け、自身が懸念したとおりの診断を下された。 それを知ったとき、総司の胸のうちに、咄嗟に浮かんだことは、それをどうやって誤魔化すか、ということだった。 知られれば、きっと新撰組には居られなくなる。 近藤たちが、弟のように可愛がっている総司の病を、黙って見過ごしてくれるわけがない。 養生を勧めるに違いない。 だが、総司は新撰組から、離れたくはなかった。 いや、何よりも、歳三から、離れたくなかったのだ。 幼い頃から、慕い続けたあの男から。 たとえ、自分の身を削っても総司は、己の道を歩み始めた歳三を、追い続けたいのだ。 だから、総司は医者にはくれぐれも内密にと頼み、人知れず医者に通い、体に気を使った。 そんな日々の中、その医者で、絢乃と知り合ったのだ。 絢乃も、患者だった。それも心の臓の。 しかし、その病に負けぬだけの明るさがあった。 そこに、総司は一筋の光明を見た、思いだった。 自分も、ああなりたいと。 女性に、そんな心情を抱いたのは、初めてだった。 しばらくは、医者の元で出会うばかりの日々が続いた。 歳三が、それに気付いているのは知っていたが、あえて何も言わず黙っていた。 ただ、井上には病を曖昧に誤魔化すために、絢乃に会うために、医者に通っていると告げていた。 絢乃に会いたいがために、理由をこじつけて通っているのだと。 だから、多分歳三は井上から、話を聞いているはずだった。 しかし、歳三は何故か、何も言わなかった。 そして、総司にはそれが有難かった。 歳三に問い詰められれば、総司は病を隠して置けなくなる。 山南の介錯の後、総司は絢乃の家に、出入りをするようになった。 それは、絢乃の病状が重くなったからではない。 総司の体調が、芳しくなかったからだ。 山南の死は、総司にある程度予期させていたとは言え、やはり心身に負担を掛けたようだ。 その負担を軽くするために、絢乃の療養している家を提供されたに過ぎない。 だから、総司は絢乃の家で、休息の時間を持つようになったのだ。 それから、二年。 絢乃の家に、束の間の休息を求めに、通った。 当然、歳三は知っているはずだが、何も言わなかった。 山南の死に、総司を係わらせた事を、悔いているかのように。 総司の病に関しては、最早隠すことが出来なくなってしまっていたが、総司の秘めたる想いは、そのままだ。 だが、絢乃は、その想いを知っていた。 最初から知っていて、尚、それを共有してくれた、稀有の存在だ。 総司の病を隠す隠れ蓑として、そして、想いを隠す隠れ蓑として、甘んじてその場所を提供してくれたのだ。 勿論、総司も絢乃に惹かれたのは、間違いはなかったが。 けれど、一度として、関係を結んだことのない男の我侭を、絢乃がどうして叶えてくれたのか、総司は知らない。 ただ、絢乃は言った。 私も、貴方のような想いを、持ってみたいのだと。 だから、貴方と共に少しだけでも、過ごしたいのだと。 総司にとって絢乃とは、歳三とは違った意味の、掛け替えのない存在だった。 |
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