対の響

(肆)



偽り。
そう、歳三に語った絢乃とのことは、隠された真実があちこちにあった。


確かに、絢乃と総司が出会ったのは、池田屋のすぐ後のことだった。
総司は診察を受け、自身が懸念したとおりの診断を下された。
それを知ったとき、総司の胸のうちに、咄嗟に浮かんだことは、それをどうやって誤魔化すか、ということだった。
知られれば、きっと新撰組には居られなくなる。
近藤たちが、弟のように可愛がっている総司の病を、黙って見過ごしてくれるわけがない。
養生を勧めるに違いない。
だが、総司は新撰組から、離れたくはなかった。
いや、何よりも、歳三から、離れたくなかったのだ。
幼い頃から、慕い続けたあの男から。
たとえ、自分の身を削っても総司は、己の道を歩み始めた歳三を、追い続けたいのだ。
だから、総司は医者にはくれぐれも内密にと頼み、人知れず医者に通い、体に気を使った。
そんな日々の中、その医者で、絢乃と知り合ったのだ。
絢乃も、患者だった。それも心の臓の。
しかし、その病に負けぬだけの明るさがあった。
そこに、総司は一筋の光明を見た、思いだった。
自分も、ああなりたいと。
女性に、そんな心情を抱いたのは、初めてだった。


しばらくは、医者の元で出会うばかりの日々が続いた。
歳三が、それに気付いているのは知っていたが、あえて何も言わず黙っていた。
ただ、井上には病を曖昧に誤魔化すために、絢乃に会うために、医者に通っていると告げていた。
絢乃に会いたいがために、理由をこじつけて通っているのだと。
だから、多分歳三は井上から、話を聞いているはずだった。
しかし、歳三は何故か、何も言わなかった。
そして、総司にはそれが有難かった。
歳三に問い詰められれば、総司は病を隠して置けなくなる。


山南の介錯の後、総司は絢乃の家に、出入りをするようになった。
それは、絢乃の病状が重くなったからではない。
総司の体調が、芳しくなかったからだ。
山南の死は、総司にある程度予期させていたとは言え、やはり心身に負担を掛けたようだ。
その負担を軽くするために、絢乃の療養している家を提供されたに過ぎない。
だから、総司は絢乃の家で、休息の時間を持つようになったのだ。


それから、二年。
絢乃の家に、束の間の休息を求めに、通った。
当然、歳三は知っているはずだが、何も言わなかった。
山南の死に、総司を係わらせた事を、悔いているかのように。
総司の病に関しては、最早隠すことが出来なくなってしまっていたが、総司の秘めたる想いは、そのままだ。
だが、絢乃は、その想いを知っていた。
最初から知っていて、尚、それを共有してくれた、稀有の存在だ。
総司の病を隠す隠れ蓑として、そして、想いを隠す隠れ蓑として、甘んじてその場所を提供してくれたのだ。
勿論、総司も絢乃に惹かれたのは、間違いはなかったが。
けれど、一度として、関係を結んだことのない男の我侭を、絢乃がどうして叶えてくれたのか、総司は知らない。
ただ、絢乃は言った。
私も、貴方のような想いを、持ってみたいのだと。
だから、貴方と共に少しだけでも、過ごしたいのだと。
総司にとって絢乃とは、歳三とは違った意味の、掛け替えのない存在だった。





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