以前はインタビューといえばバーナビー一人のものが多かった。コンビを組んだ後半は、虎徹の人気も上がってきてはいたが、それでもソロで特集が組まれたり、撮影があったりということとは無縁だった。正直それを不満に思ったことは一度もない。メディアへの露出は、虎徹がかつてランキングトップだった頃でさえ苦手とするもののひとつだったからだ。
だが今、能力が減退し、一分しかもたないことを公言した上でヒーロー業に復帰した虎徹に、シュテルンビルトの市民の注目が集まっているらしい。
その結果、最近ではしばしばソロでの取材が虎徹のもとに舞い込むようになった。嬉しさよりも、正直困惑のほうが大きい。できればすべて断りたかったが、アポロンメディアの社員という立場上、上司の命令には逆らえない。
今日も言われるままに一人でスタジオに向かい、取材を受ける。
男性向けのファッション雑誌の取材だった。
虎徹と同じような年齢の男性を対象にした雑誌らしく、スタイリストの手によって服を着せられ、髪を弄られた。少しワックスを使っただけなのに、それだけで随分印象が変わる。
そしてカメラの前に立たされたところで自然なポーズなどできるはずもない虎徹のために、スタッフが用意したのは一匹の子どもの虎だった。まだ猫のような外見の子虎を手渡されて、虎徹は目を大きく見開く。
「本物ですか、これ」
「本物ですよー、かわいいでしょう」
「すげえ!」
動物は何でも大好きだ。ペットを飼わないのは、一人にさせるのが可哀想だからだ。ワイルドタイガーということで虎を用意したのだろうが、これは結果的にいえば大成功だった。
とりあえず遊んでください、というスタッフの注文に虎徹は喜んで応じた。こんなに自主的にカメラの前に立ったのは、初めてのことだった。
様々な服に着替えながら、子虎を構い倒す。床に寝転んで抱き上げても、スタッフからストップの声はかからなかった。途中からは撮影であることも忘れて、ひたすら子虎を構いまくった。
そんな虎徹の自然な表情を、カメラマンが時折声をかけながら撮影していく。
最後の衣装は、白地に藍色で模様が描かれた浴衣で、何故か片方の袖を外して肩と胸をはだけさせられてしまった。明らかに着方としておかしい、と思うのだが、美人のスタイリストからにこにこと「そのままで動いてください」等と言われると拒否も出来ない。
しょうがなくそのままで子虎と遊び、ようやく撮影は終了した。子虎は遊び疲れて虎徹の膝の上で眠ってしまい、最後にその頭を撫でる。
このまま連れて返って飼えないだろうかと思ったが、流石に個人の家で虎を飼うことは出来ない。諦めるしかなかった。
「いやあ、いい写真が撮れました! 流石ですね、ワイルドタイガーさん!」
興奮気味のカメラマンから、何故か手を握られてぶんぶんと上下に振られる。
何が流石なのかさっぱりわからないまま、曖昧な笑みで「ありがとうございます」と答える。
「テレビで見るのと、印象が全然違う! こんな方だとわかっていたら、もっと色々用意したのに……残念です。またぜひ! 一緒に仕事をさせてくださいっ。上にもそう言っておきますからっ」
テンションの高いカメラマンにひきつつ、虎徹は頷いてなんとか解放してもらう。
控え室に戻った虎徹が、一人になった安堵とともに溜息を吐いたときだった。
「何て格好してるんですか、オジサン」
どこか苛立たしげな声がして、振り向けばバーナビーが立っていた。
いつのまに、と思う。
「お前来てたのか」
「ついさっき。収録が早く終わったので」
バーナビーは今日は、ラジオの収録だと聞いていた。
「スタジオ、近くだったのか?」
「隣のビルですよ」
「そりゃ近いな」
知らなかった、と呟いた虎徹を、バーナビーはじろじろと見る。
「で、何なんですか、その格好」
「文句はスタイリストさんに言えよ。俺が好きで着たんじゃねぇぞ」
いかにも文句をつけたそうなバーナビーに、虎徹は身構える。
自分が選んだのでもない服のことで、この年下の相棒からあれこれ言われるのは納得できない。
「浴衣、ですか、それ」
「あ、あぁ。そうだな。浴衣だ」
「そうやって着るものなんですか」
肩をはだけていることを言っているのだろう。とんでもないと虎徹は首を左右に振る。
「肩は隠すぞ、普通は」
「どうして見せてるんです?」
「だからそういうことはスタイリストに言えって……」
何やらバーナビーの機嫌が、物凄く悪い。ラジオの収録でいやなことでもあったのかもしれない。外面の良い男だから、その場で発散できなかったものを、虎徹にぶつけているのだろう。
甘えてくれるのは嬉しいが、理不尽さも感じる。
「着替えるから出て行け」
疲れてそう言えば、バーナビーはつんと顎を上げて「いやです」と答えた。虎徹はがくりと肩を落とす。
「嫌ってなあ……」
「男同士なんですから、別にいいでしょう。さっさと着替えてくださいよ」
確かにバーナビーの言うとおりだったので、虎徹はへいへいと頷いて浴衣の紐をしゅるりと解いた。着物と違ってそれほど複雑ではない浴衣は、あっという間に脱ぐことが出来る。
壁にかけられた私服を取って着替えながら、痛いほどバーナビーの視線を感じた。じろじろ見るな、と言いたいのをぐっと堪える。百倍になって返ってくるのは目に見えている。
シャツを着て、ネクタイを締めながら、虎徹はちらりとバーナビーを見た。
「俺だって好きで着たんじゃねぇぞ。仕事なんだからしょうがねぇだろ」
拗ねた口調で言うと、バーナビーはばっさりと切り捨てた。
「仕事だから、なんて言い訳聞きたくありませんね。ばかばかしい。内容くらい選べるでしょう。言われるままに動くことはないんです」
えー、と虎徹は内心思う。お前がそれを言う? という話である。虎徹よりもよほど仕事は仕事だと割り切っているくせに何を言いだすのだろうか、この青年は。
バーナビーは虎徹を睨むようにして言う。
「あのアメラマン、ゲイですよ」
バーナビーの発言は突然で、しかも意味不明だった。
「はあ?」
虎徹は顔をしかめる。
「何でわかるんだよ」
「見ればわかります」
「見ればって……」
「どうしてわからないのか、そっちのほうが不思議です」
虎徹は溜息を吐いた。
「あのなあ、あの人がゲイだろうがそうじゃなかろうがどうだっていいだろう?」
虎徹の言葉に、バーナビーはむっとしたように表情を強張らせた。
「あなたは……っ」
美人が怒るとますます美人になる、という話を聞いたことがあるがバーナビーはまさにそれだ。怒っているときのほうが、彼の美貌はくっきりとした印象になる。
「本当にちっとも変わりませんね、その無神経さと暢気さ! 何なんですかあなた!」
「……だから何で俺は今怒られてんの?」
思わず呟くと、そんなこともわからないのかという侮蔑の目を向けられてしまった。
若者は難しい、と思う瞬間だ。
バーナビーだけがこうなのか、それとも世の中の若者は全員こうなのか。何にしても、オジサンにはついていけない。
ネクタイを締め、いつもの帽子を被ると、虎徹はバーナビーを置いて歩き出した。
「ちょっと、どこ行くんですか。この後はもう仕事はないはずでしょう」
「買い物」
「……僕も行きます」
別に来なくていいよ、と言ったらバーナビーの機嫌がますます悪くなりそうだったので、虎徹は好きにすればと肩を竦めた。虎徹の言葉の通り、バーナビーは好きにすることにしたらしい。後ろをついてくる。
控え室を出ると、バーナビーに視線が集中する。そこにいるだけで、周囲をひきつける、そういう華のようなものがバーナビーにはある。いいことかもしれなかったが、一緒にいると目立つことこの上ない。
勘弁してくれ、と思う虎徹だった。
シルバーステージにある一番大きい玩具店に一歩足を踏み入れると、山と詰まれた玩具と派手な色彩の制服に身を包んだ店員が出迎えてくれる。圧倒されるような量と種類に、目移りしながら虎徹はゆっくりと通路を歩いていく。
「娘さんに、ですか?」
「あぁ、誕生日プレゼント」
そういえば一昨年もこの店で、誕生日プレゼントを選んだなあと思い出す。あの時は直後にジェイク事件がおきたので、プレゼントは渡せず仕舞いだった。
最もあのとき買ったマッドベアは、楓の好みではなかったようだったので、それはそれでよかったのだろう。
隣に並んだバーナビーも、物珍しそうに品物を眺めている。彼にとっても、こういった子供向けの玩具が並ぶ店は、あまり馴染みがないのだろう。
「沢山ありますね」
「玩具屋だからなあ」
「もう、何を買うか決めてるんですか?」
「いーや。ぬいぐるみか人形にしようとは思ってるけど」
どれがいいのだろう、と虎徹は並ぶ商品を眺める。相変わらず虎徹には、女の子向けの玩具のことはさっぱりよくわからない。
「なあバニー、どれがいいと思う?」
バーナビーは溜息を吐く。
「僕に、あの年齢の女の子の好みがわかるとでも?」
「お前って色々わけのわかんないこと知ってるからさあ。もしかして、と思って」
「わけがわからないことではなくて、一般常識です」
「それって俺に一般常識がないってこと?」
「あると思ってたんですか?」
「あるだろ! 完璧に!」
「あったらよかったんですけどね」
等と軽口を叩きあいながら品物を探す。最初に人形コーナーに行って見たものの、虎徹にはただ不気味としか感じられず、しょうがないのでぬいぐるみコーナーへ移動した。こちらはまだ、虎徹の感覚でも選ぶことが出来る。
見て回っている途中で、今日遊んだ子虎そっくりのぬいぐるみを見つけてしまった。お、と立ち止まって抱き上げる。手触りはやはり本物にはかなわないが、くるりとした目や表情はよく作られてあった。
「子どもの虎ですね」
「かわいいよなあ」
「それを娘さんにあげるんですか?」
「いや、これは――」
言いかけて、虎徹は言葉を切る。
あの子虎はかわいかった。あんな生き物が、毎日家にいてくれたら嬉しいだろうなあと思う。
「俺が欲しい」
言ったら、バーナビーから不審そうな顔をされてしまった。
「虎徹さんが、ぬいぐるみを?」
「本当は本物が欲しい」
「虎を飼いたいんですか? 危険ですし、許可がおりないでしょう」
わかってるよ、と唇を尖らせ虎徹はをそれを元の場所に戻した。
三十分ほどぐるぐると店内を回ってから、虎徹は娘のために猫のぬいぐるみを買うことにした。首に大きなリボンをつけている、白い猫だ。人気商品らしく、目につくところに積み上げられていた。
決めたぞ、とバーナビーを振り返れば、兎のぬいぐるみを触っているのを見つけてしまう。
すすっと寄って行って言う。
「欲しいなら、買ってやろうか、それ」
バーナビーにぬいぐるみという図も、ミスマッチだと思う。悪戯心で言ったのだが
「ぬいぐるみならもう貰いましたよ」
と返されてしまった。そういえばそうだったなあと一昨年の誕生日を思い出した。あのピンクの兎は、今もバーナビーの寝室に飾られている。
レジを済ませてバーナビーを探すと、出入り口のところでファンらしき女の子たちに囲まれているのが見えた。
近づいてもよかったが、邪魔になるだろうと判断して遠くから終わるのを待つことにする。
バーナビーのファンに対するサービスのよさは有名で、今もにこにことサインや握手に応じている。作り物の笑顔だが、女の子たちがそれに気づくことはない。
格好良くて、優しくて、強くて――恐らく理想の王子様のようなものなのだろう。昔の楓を思い出せばわかる。
実際のバーナビーは、そんなものではないと虎徹などは思う。どちらかといえばバーナビーは無愛想だし、嫌味だし、子どもっぽくわがままだ。
暴露してやりたいとちょっとだけ思ったが、女の子たちの夢を壊すなんてヒーローにあるまじき行為だと考え直した。それにバーナビーだけでなく、多かれ少なかれヒーローというのは、市民の夢を背負っているものなのだ。
「すみません、お待たせして」
女の子たちの輪から、バーナビーが抜け出してくる。
「もういいのか?」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
虎徹を促してバーナビーが先に立って歩き出す。急ぎ足ではなかったが、ファンサービスが面倒になったのだろうなとその背中を見て察した。
この一年。
連絡を取らなかった一年、バーナビーはどう過ごしたのだろう。女の子に囲まれて、笑顔を振りまくバーナビー。異性には不自由しないだろう。
深く考えたわけではなく、思いついたことを虎徹は口にした。よくアントニオから怒られるのだが、虎徹にはそういうところがあった。
「なあバニー。お前、彼女つくらねぇの?」
振り返ったバーナビーの顔を見た途端、どうやら地雷を踏んだらしいと気づいたが、最早遅かった。
鋭く睨まれ、縮み上がる。
バーナビーは、冷たく答えた。
「……虎徹さんには、関係ないでしょう」
ソノトオリデスと虎徹はすごすごと引き下がる。そんなに怒らなくても、と思ったが言えばますます面倒なことになりそうだったので、虎徹は口を噤んだ。
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