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第三章 第二話  ~ルートL~



 それから何度か妹に射精させられてから、俺はようやく解放された。
 正確に言うならば妹の体を借りたリンネのテクニックのせいだ。
 結菜自慢のバストではなく、キスと足コキで搾り取られたのか少しショックだった。

(サキュバスの性技すごい……結菜がまるで別人みたいになって)

 思い出すだけでまだ股間がズキズキしてくる。
 快感の余韻がいつもと段違いだった。

 あまりの疲労感に下半身はしびれっぱなしで呼吸も荒くなったままなのに心のどこかでまだ刺激を求めている。
 淫魔の超絶テクが宿った妹の体は凶悪の一言に尽きる。

 結菜は元々俺と触れ合っていた時間が長いせいもあって、とにかくすべてが馴染むのだ……そこへリンネが途中参加してきたわけだ。

「……お前、どういうつもりだ!」
「えへへ、いっぱい出させちゃった。ごめんね? おにい」

 当の本人はこのように目の前で両手を合わせてニッコリしている。
 結菜らしいと言えばそうなのだが、こいつは絶対に事の重大さをわかっていない。

 サキュバスに肉体を乗っ取られたのになんとも思っていないようだ。
 もう少し葛藤があっても良さそうなものだが。

「結菜、全然悪いと思ってないだろ」
「うん」
「お、おまっ! そういうところが……」

ふるんっ

 柔らかそうに揺らめいてる胸に、つい目が行ってしまう。
 この胸に挟まれると今まで俺は確実に射精していた。
 見ているだけでも欲情していた。

 それが今度は淫魔のせいで、高スペックな胸に関係なく射精させられてしまうのだ。
 男としてこれ以上悔しいことがあるだろうか。

 でも、綺麗だな……

「うん? どしたの、おにい」
「お前のそういう、ところが……くそっ……」
「なぁに、おにい。ちゃんと言って!」

 結菜が左右に体を揺さぶったせいで、さらに魅惑のバストが激しく動く。
 見ているだけで股間に響くあの揺れ。

 谷間の隙間に埋まりたい……いかん、こんなことで!

「も、もういいから!」
「ええええ、全然よくないよー! 結菜のこと、叱っていいんだよ」

 俺が横を向いたので、ちょっと困り顔になる結菜。
 こういうところは昔から律儀というか生真面目で、これ以上こいつを責めたくなくなってしまうのだ。

「本当にもういいから……ほら!」
「あんっ♪」

 頭をワシワシと撫でてやると、結菜が嬉しそうに目を細めた。
 そのまま俺の手にすがりつくようにして頬ずりしてくる。

 俺になついたまま、妹は思い出したように口を開いた。

「あ、そうそう! おにいの夢の続きを見に行こうよ」
「へ?」

 意味がわからず間抜けな声を出してしまった。

「悲恋湖の夢見てたんでしょ、おにい」
「!?」

 こいつ、夢の中まで覗き見できるのか!?
 兄妹だからってさすがにそれはない。
 いつの間にそんなスキルを。

「お前、なぜそれを……」
「えへへへ、さっきリンネちゃんが教えてくれたんだよ」

 結菜の話によると、過ぎた快感で気絶しそうになっていた俺の思考にリンネが介入してきたということだった。
 リンネは、ある程度他人の夢を自分が思う方へ導くことができるらしい。

 なるほど、夢の中を覗いたのではなくて、夢の中身を設定したというわけだ。
 さすが人外。

「ねえねえいこうよ。いこう、おにい!」
「わかった、わかったから!」
「わぁい♪」

 結菜は俺との悲恋湖行きを素直に喜んでいるようだ。
 最近はご無沙汰だけど、昔は結構一緒に遊びに行ったからな。
 たまにはいいかも知れない。

「それにしてもあいつ、リンネは何を企んでいるんだ……」

 妹を使って俺を誘い出すことに意味があるのだろうか。
 ほんの少しだけ疑問が残った。







 それから三日後に俺は妹と悲恋湖へと出かけた。

「気持ちいいね、おにい!」
「ああ」

 平日ということもあって、人もまばらでちょうどいい。
 俺と結菜を除いて十人もいない。

「あれれ~、なんだか寂しいね」
「そりゃそうだろ。だってここは――」

 ここは名前のとおり恋人たちにとっては縁起が良くない。
 なんといっても逸話に出てくる女性は相手を思うがゆえに、最後は泡となって消えてしまうのだから。

「最後にお別れしちゃうなんて悲しいお話だよねぇ」

 もっとも、その女性本人であるリリスは泡と消えることもなく今も淫魔の世界で君臨しているわけだが。

「どんな別れ話でも俺とお前には関係ないだろ」
「えへへ、そうだねっ!」

 俺の言葉を聞いて結菜が微笑む。
 なにか大きな勘違いをしているようだが、放置しておく。

 兄と妹という関係なら関係ないと言いたかったのだが。

「反対側の方って何かあったよね」
「たしか休憩できる小屋があったような」
「じゃあそこまでいこ?」

 妹に促され、ゆっくり走る。
 湖にそって自転車専用の道が整備されている。

 こうして二人で自転車を漕いでいると、いつも思い出すのは小さかった妹の姿だ。

 小さい頃から結菜はかわいかった。
 見た目ではなくその性格が。

 いつも元気いっぱいの結菜だけど、基本的には引っ込み思案だ。
 おっとりして見えるけどすごく気を回す。
 きっとそれは今も変わってない。

「たまにはデートとか新鮮だよね!」

 今日の結菜はとても嬉しそうだ。何度もデートという言葉を使う。
 昔からそういう普通の恋愛に憧れていた節がある。
 いつかこいつにも彼氏ができて……ふむ、あまり考えたくないな。
 シスコン呼ばわりされてもこればかりは払拭できない気がする。

 そんな事を考えていたら休憩所が見えてきた。
 ほどなくして到着して、二人で中のベンチに座る。ひんやりしてて心地よい。

「おにいにしてみれば当たり前の毎日じゃない? 結菜がそばにいるのって」
「お前にとっては特別なのか」
「うーん、たぶんそう」

 即答かよ。その悲しげな顔やめろ。

「じつはけっこう妬いちゃうんだ。志穂ちゃん来るでしょ? そうすると話しかけちゃいけないかなーって」
「なんでそんなことを……遠慮してるつもりか?」
「そりゃするよー、妹だもん!」

 結菜は胸をぽんと叩きながら誇らしげに言った。
 そしてすぐに「優秀で気が利く可愛い妹」にいい直した。
 べつにどっちでもいいけど。

「今は全然そういう遠慮をする必要はないからな」
「そ、そうだね。二人きりなら全然ないよ」

 こちらを見てニコっと笑う。たまらず目をそらす。
 汗で透けたシャツが絶妙にエロい。
 さらにふるふるしてる胸に見惚れた瞬間、

「こんなことだってできちゃうし」
「うわあああっ!」

 ギュッと抱きつかれてベンチから落ちそうになる。
 半身になって体重を預けられるとは思っていなかった。

「えへへ♪ おにい、こういうのイヤ?」
「ちょっと苦しいかな……」
「よかった」
「よくないだろ!」

 反射的にペシッとおでこを叩く。

「はううっ! 痛いよぉ」

 妹に好かれて嫌なわけはない。
 昔からずっとこういう場面はあった。
 兄妹なら特に意識することもなかったんだが……最近はちょっと事情が違う。
 リンネとの絡みもあって、結菜のことを魅力的に思えてしまう。
 妹に性的なものを求めてはいけないという葛藤は常にある。
 でもそれをいちいち口にするつもりはない。

 ただ今日の俺は少しだけ違った。

「あ……」

 見えない意思に動かされたように、自然に結菜にキスをしていた。
 エロとは遠い、挨拶の延長みたいな優しい口づけ。
 それで充分だった。

(結菜……)

 勝手に思いが募る。
 なぜだか自分でもわからないが、今はこいつを大切にしたいんだ。

「きゅ、急にされると、困るんだけど?」

 長いキスが終わり、結菜もさすがに照れたのか顔を横に向けた。

「なんか伝わったか?」
「ウン……」
「じゃあ成功だ。俺は今、結菜だけを見ていると伝えたかった」

 我ながら無理のある説明というか、苦し紛れにしか聞こえないけど結菜は目をパチパチさせてから嬉しそうに笑ってくれた。

「た、たしかに! おにい、天才か」
「まあな」
「じゃあこれからは何かあったらキスしていいってことね」
「は?」

 とっさに考えたキスの口実を逆手に取られて呆れる俺を見て結菜が笑う。
 こちらを覗き込むようにしながらいたずらっぽい表情をされると何も言い返せない。
 そばにいるだけで、目を見てるだけで安心する。

「えへへ、いいでしょ?」

 いつのまにこんな妹力(いもうとぢから)を手に入れたんだこいつ。
 志穂とも香織さんとも違う親密で特殊な関係であることを思い知らされる。

 本気でこいつを愛したら俺はどうなるんだろう。
 結菜はそれでいいのか。
 いつか離れ離れになるとわかっていて無茶をしているだけじゃないのか。

「何も言わないのはいいってことだよね~」
「は? な、お、お前なぁ……」
「はい決定! おにいは結菜に言いにくいことがあったらキスすること」

 あれこれ考えてるうちに結菜に決められてしまった。
 不思議なものでキスぐらいならいいかという気持ちになってしまう。

「おにいの気持ち、結菜が全部気づいてあげるからネ?」

ちゅっ……

 そして結菜が今までと違う、とびきり甘いキスをしてきた。
 気が抜けていたところに濃厚なキスをされて戸惑う。

 俺の後頭部に手を回し固定してから舌を挿入してきた。
 同時に太ももを撫でさすり、俺を積極的に感じさせようとしてくる!

(やばい、これ、気を抜いたら勃起してしまう!)

 明らかに変化した結菜の雰囲気。
 これは間違いなく――

ちゅ、ぽ……

「妹ちゃんのキステクすごいねー」
「お、おまえッ!?」
「んふふー、今のキスはリンネからってことにしといてあげるよ。シスコンのユウマ」
「こ、この……」
「あーはっはは! いい顔するねー。これはもう言い訳できないね」

 リンネは嬉しそうにケラケラ笑う。
 結菜の気持ちも、俺の気持ちも理解した上でからかっているわけだが、あざ笑うような嫌味はなくてどこか頼れる存在に思える。

「リンネ、お前はどう思う」
「なにがよ?」
「俺と結菜のことだ!」

 すると彼女は呆れたようにため息を吐いてからこう言った。

「はぁ……ってゆーか、堂々としてなよ。些細なことだよ。
 妹が兄を好きで、兄も妹を好きなんて、全然いいし最高じゃん!」
「そ、そうですか」

 リンネの言葉に何故か勇気づけられてしまうのだった。
 もしかしたら俺は、俺たちはその言葉を待っていたのかもしれない。


(2020.05.17 更新部分)




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