『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』
任務を半ば放棄する形で帰路についた僕たちは、ハンター協会のお偉方に状況説明と成果の報告をした。ただひとつの事項を除いて。
ライムに酷似した敵を見つけたことを報告するべきか否か……
どうしてもその判断だけがつかなかった。
悩んだ末に、今のところ僕の胸の中にしまっておこうという結論に達した。
「……報告は以上になります。態勢を整えた後に再度ワープポイントから調査を行います」
境界線の先についての報告が終わると、僕たちはすぐに解放された。
少し長引くかなと思っていただけに意外だった。
おそらくターゲットのホワイトレディを駆逐したことでお咎めなしとされたのだろう。
「終わったねライム」
「うん」
転職の神殿へと続く道を彼女と二人で歩く。
任務を終えた後、のんびりとこの道をライムと歩くことが僕のお気に入りだった。
でもまだ任務の途中だから、満足度もいつもの半分だ。
「随分おとなしくしてたじゃないか。いつも何かしら不満を言ってるのに」
歩きながら隣で伸びをしている彼女に語りかけると、
「ん~、私あいつら好きじゃないのよ。こっちの話は聞かないし、結局自分じゃ何もしないでしょう? 全部ウイルに任せきりなところも駄目ね」
「ライムのことも褒めてくれないし?」
「そっ、そんなのどうでもいいわよ。別に人間界に媚を売ったからって何かあるわけじゃないし」
「ふーん……」
それからしばらく僕たちは無言で歩いた。
任務の後はさすがに疲れはある。
神殿を抜けて、僕らの家に通じる一本道に差し掛かったところで、ふいに彼女がつぶやいた。
「でも、撤退したのは正解だったかもね」
「……なぜ?」
ライムは少しうつむいてから、小さく頭を下げて見せた。
「ごめんなさい。私のせいよ」
「……」
彼女が素直に謝ってくることは珍しい。僕は黙って次の言葉を待つ。
「あの時、相手の……青い髪の子、私に向かって直接語りかけてきたの。はっきりと、隣にいるみたいに!」
ライムが僕の手を握ってきた。
「自分でもおかしなことを言ってるのは理解してる。でもあなたなら信じてくれるよね……」
「ああ、もちろん」
「青い髪のあの子、ウィルが欲しい……って言ったわ」
「っ!!」
「それだけじゃない。憎い、羨ましい、必ず奪い取ってやる……って」
「なぜそんなことを……」
全く心当たりのないことだった。僕はあの美女のことを思いだす。
燃えるようなライムの赤髪とは対照的な深い青髪。
凍りつくような視線。
まるで雪の女王のように優雅な立ち振る舞い。
そしてあの美脚はライムに勝るとも劣らない。
透き通るような白さの足で踏まれたら、ホワイトレディの顔面騎乗なんて問題にならないほどピンチに陥っていたかもしれない。
「じと……っ」
「はっ!!」
我に返ると、ライムが僕の顔を覗き込んでいた。
「ちょっとアンタ……まさかあの子のことを……」
「いやいやいや! 待ってよライムッ」
「どうせあの子に足コキされたいとか、そんなことを考えていたんでしょうがっ!」
バレてる……いや、なぜか僕が疑われてる!?
本当に身に覚えのないことだから言い訳のしようもない。
それでもライムは確実に僕を追い詰めようとしている!
「ねえ、今夜は念入りにマッサージしてあげるわ? ありがたく思うことね」
両手の指をバキバキ鳴らしながら彼女が言う。
「えっ、遠慮、して……いえ、させていただきたいのですが……」
「ん? なにか言った?」
「ううぅぅ……なんでもないです……」
駄目だ、ライムの目がぜんぜん笑ってない。もう取り付く島がないってやつだ。
「ウィルが浮気したら罰ゲームって前から言ってるでしょ。いちいち言い訳しないで。とにかく家に着いたらおいしいご飯作ってよね!」
「そりゃ食事は作るけどさ……ちょっと考えただけでも浮気になっちゃうのか」
「はぁ? 当然でしょっ! そんなに元気なら、今夜は根こそぎ抜いてあげるわ」
「それは……やめとこ、ね? 頼むから」
「イヤ。もう決めたから」
性的な死刑宣告を受けた僕は、がっくりとうなだれながら、今夜の自分を予想する。
そしてライムに引きずられながら、森の中をのろまな蛇のように歩いてゆく……。
◆
「ウィルさんおかえりなさーいっ!」
ぐぎゅうううぅぅぅ
(いいぃ、息ができ…な、いっ!)
柔らかい、真っ暗、息が出来ないくらいにまとわりついてくるモチモチ感……
(お、おっぱいいいぃぃぃ!)
ドアを開けた瞬間、僕は思い切り押し倒された。
熱烈な出迎えをしてくれたのはリィナだった。
フワフワした髪を揺らしながら、飼い犬にスリスリするみたいに僕を抱きしめてくれる。
彼女の香りに包まれるのは嫌いじゃないんだけど、今は隣にライムがいるわけで――、
「見せ付けてくれるわねリィナ…」
「あらぁ、お姉さまもいらっしゃったんですか~」
「……悪い?」
やばい。
ライムの表情は見えないけど、怒りのオーラを感じる。
そしてこういう時、怒りの矛先は大体僕のほうへと向けられるわけで、
「ウィルもいつまで喜んでるのよ! さっさと立ちなさい!」
グリグリグリッ
「あぎゃああああああ!!」
無防備な股間に走る激痛。
ライムのつま先が僕自身を容赦なく踏みにじった。
「ちょ、ちょっとライムお姉さま。ウィルさんが可哀想ですぅ!」
「ふんっ、全然可哀想じゃないわっ!」
グリグリグギイイイィィッ
「ふぎゃああああああ! とれっ、もげるうう!」
足コキではない純粋な暴力。
不覚にもリィナの体に反応してしまったペニスへの惨い仕打ち……
数秒後、ライムが落ち着きを取り戻すまでその行為は続いた。
「荷物の整理は後! とにかく食事にしてよ、ウィル」
「は、はぃぃぃ」
怒っているときのライムに逆らうほどの気力は僕には残されていなかった。
彼女は僕たちの横を華麗にすり抜けて自分の部屋へ向かった。
「でも私はまだ満足してないですぅ♪」
「う、そ…ああぁぁ…」
ちゅうううっ…
リィナの抱擁とキス責めはしばらく続いた…
ようやくリィナから解放された頃、僕のそばで転がってる誰かに気が付いた。
これはもしかして……
「ふぁっ、し、師匠ぉ、約束は守りましたよ~」
「マ、マルク!? やっぱりキミか。こんなに搾り取られて」
「ぶー! それはマルクくんが悪いんですよー」
「え!?」
不機嫌そうな表情でリィナが解説してくれる。
「だってだって! ウィルさんとお姉さまの居場所を最後まで教えてくれなかったんですよ? しかもやっと教えてくれたと思ったら全然デタラメの場所だったから私本気でマルクくんを虐めちゃいました」
「リィナの本気……それはまずいだろ…」
「でも私は悪くないですぅ! ウィルさんの馬鹿ッ」
それっきり、彼女はプイッと横を向いてしまった。
(悪かったね、マルク…)
小さな声で僕が労いの声をかけると、マルクは黙って右手の親指を立てて見せた。
――そして夕食。
「やっぱりウィルさんのシチューはおいしいですぅ!」
「ははは……機嫌が治ってよかったよ」
「そうね。認めるわ」
「ライムもいっぱい食べておくれよ」
「……っ! 師匠っ、ごふごふっ」
「キミは落ち着いて食べなよ、マルク」
微妙な空気の中、食事は進む。みんな空腹だったらしい。
「そう言えば師匠、今回のターゲットは――」
「ああ、それはね」
――コンコン、
ドアをノックされた音に全員のスプーンが一瞬止まった。
気のせいじゃない。
「こんな時間に誰だろう?」
「それ死亡フラグですぅ。ここはおなかいっぱいの私が見てくるです」
僕より先にリィナが立ち上がってドアへと向かう。
トタトタと可愛らしい足音。和む。
他の二人は何事もなかったように食事を再開。
しばらくしてリィナが何かを手にして戻ってきた。
「協会からのお使いの人でした~」
そして僕に渡してくれたその封筒は……
「師匠、それはっ!」
「あら、またプラチナチケット……協会も人使いが荒いわね」
マルクとライムが身を乗り出してきた。
僕が黙って封筒の中身を広げると、その場にいた全員が目を丸くした。
『ウィル・コム殿
休暇を与えられずに申し訳なく思う。
明日以降最短で、スライム界の女王の元へ特使として向かう事。
今回の任務はクリスタルパレスにおいて女王から伝達される。
その際にライム、リィナの両氏を随伴してゆく事。
ハンター協会 スライム対策課』
書面にはそう書かれていた。
まだ謁見した事はないけど、スライム界の女王から伝達? 意味がわからない。
「でもこれは女王を倒して来い、って意味じゃなさそうね」
ライムは落ち着いた様子で、椅子に座りなおして食事を再開した。
「わーい、クリパレ久しぶりですぅ~!」
リィナは無邪気に喜んでる。
「師匠、僕はあそこ行きたくないです……」
「キミにとってはトラウマの宝庫だもんな」
「ええ」
「でも、ルシェはマルクのことを少し気に入ってるみたいよ? また虐めたいって言ってたし」
「いいぃ! やめっ、やめてください、ライムさんっ!」
「私もマルクがルシェに犯されるところを見てみたいなぁ」
「ひいいいいぃぃぃっ!!」
マルクは一層怯えながら、深いため息をついた。
かつてクリスタルパレスで参謀ルシェに痛めつけられた古傷が疼きだしたのかもしれない。
(ライム、今夜もひどい…マルクが一番触れられたくない部分を遠慮なく切り裂いて楽しんでる)
可哀想だけど彼は今回もお留守番確定だな。
任務明けの休暇無しでの連続任務は厳しいけど、困っている人がいるほうがもっと重要だ。
協会だってバカじゃない。よほどの急務なのだろう。
「じゃあ今日は早めに休んで、明日に備えよう」
「お待ちなさい」
立ち上がって自分の部屋に行こうとする僕の手をライムがガシッと掴む。
「ウィル、あなた何言ってるの。私がお仕置きを中止するとでも思ってるわけ?」
「やっぱり駄目ですか…」
「それ、私もお手伝いするですぅ!」
「しなくていいっ、こらあ! くっつくなよリィナ」
「フフッ、ちょうどいいじゃない。明日からの任務で浮気心を起こさないように丁寧に搾り取ってあげるわ。リィナもそれでいいわね?」
「はーい、今日はお姉さまに従いますぅ♪」
僕はライムとリィナに両脇を固められたままベッドへ連れて行かれた…
テーブルに両肘をつけたまま、下を向いてブツブツ言ってるマルクをダイニングに残して。
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→(ライムとリィナの相手をするウィルの様子を覗く)