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誠之進と三郎はふたたび浜に戻り、ハマボウフウの茂みに置いてきた浴衣をはおった。夕方になり少し風が出てきたのか、一尺ほどの草がさわさわと揺れている。
釣りにいった小兵太や源蔵もそろそろ戻ってくる頃だろう。
誠之進は手早く自分の身支度を整えてから、三郎を振り返り、袷を整えて帯を結んでやった。
「さて…夕餉の前にひと風呂浴びたいですな…早速、源蔵に申し付けて…」
「誠之進」
三郎が低い声音で遮った。
「そなた…今の身分をすてて旅に出るなど…どういうことかわかっておるのか?」
「はい…?」
「洗濯や飯のしたくも自分でせねばならぬのだぞ」
「…い、いかにも。おおせの通りにござります」
確かにその通りだ。だが、それくらい自分だっていざとなれば…。
三郎はさらに続けて、
「…それに…路銀が尽きたのち、どうやって食べていくつもりじゃ」
「そ、それは…」
言いよどんだ誠之進に、それみたことかと三郎が胸をそびやかした。
「…私は、身の回りのことなど自分でできる。山菜や茸もとれるし、釣りだってできる。飯だって炊こうと思えばたけるのだ」
「三郎ぎみ…?」
「そなたは何ができる?」
「わ、私ですか…?」
思わぬ方向に話がとび、誠之進は答えに窮した。
脱藩したのち何ができると聞かれたら、
「…剣術を教えるか。寺子屋を開くか…あるいはどこぞの大店の用心棒か…」
われながら貧困な想像力だ。しかしどう考えてそれくらいしか思いつかないのだった。
「私は…商人だってできるぞ。なんと言っても元は旅籠の息子ゆえ…薬売りでも小間物の行商でも…」
三郎は誇らし気に言うと、一転して、半分泣きだしそうな表情で微笑んだ。
「さ、三郎ぎみ…?」
誠之進が呆気にとられて三郎を見つめていると、
「ばかもの…」
吐息とともに呟き、三郎は誠之進の背中に両腕を回し、身を預けるように抱きついた。
「武士をやめたら…苦労するのはそなたのほうぞ…」
「若…っ」
しなやかな背を抱きしめ、誠之進は三郎の髪に頬ずりした。
「三郎ぎみっ…」
今すぐ返事をしなくても良いといったのに。
三郎の心はすでに決まっているというのだろうか…?
三郎は誠之進の胸元に顔をうずめ、
「そなたこそ…まことに後悔せぬか?!」
きゅうと誠之進の浴衣の背を掴んだ。
「後悔なぞ、いたしませぬ!」
誠之進は深い声音で決然といい、三郎の背がしなうほど強く抱きしめた。
「せ、誠之進、痛いぞ…」
さすがに苦しかったのか、三郎が眉根を寄せて見上げた。
「あ、申し訳ござりませぬ…」
誠之進が腕の力を緩めると、三郎はほっと息をついて微笑んだ。
「前にも言うたはずじゃ…」
「え…?」
「そなたのおるところが…私の家じゃ」
「三郎ぎみっ…」
「そなたが城におらねば、とっくに私は関川へ逃げ帰っていた…」
「三郎ぎみ…」
ああ、あの時の会話かと誠之進は合点がいった。
三郎の祖父、久衛右門が亡くなったとき、墓前に花をたむけ、三郎と語りあったときのことだ。十三歳の三郎の声が誠之進の鼓膜の奥で蘇った。(番外「花薄」)
『…どんなに父上がお優しくても、屋敷に綺麗な着物やおもちゃが溢れていても…おじじ様の側へ帰りたかった』
『なれど…、城を逃げ出せば、そなたに会えなくなくなる……だから思いとどまった』
あの日、誠之進は久衛右門の墓前で誓いをあらたにした。
『万一、事あらば、三郎ぎみは私が一命を賭してお守りいたします…』
薄や萩に囲まれた墓地の情景とともに、誠之進はあの日の覚悟を思いだしていた。
「誠之進、私は…侍などいつやめてもいい」
「若…?」
三郎の呼びかけに、誠之進はふたたび現実に引き戻された。
黒目がちの瞳がまっすぐに誠之進を見上げている。
「そなたとなら…たとえ地の果てであろうと、どこへでもいく」
一点の曇りも、いささかの迷いもなく、三郎はそう言い切ると、ふたたび誠之進の肩に額を預け、背に回した手に力を込めた。
静かな決心を告げる三郎の仕種。誠之進はしばし呼吸も忘れたように三郎をだきしめていた。
「よろしいの…ですね?」
それでも確かめずにはいられない誠之進に、
「何度も…言わせるな」
三郎がさらに己が身体を押し付けるように身じろぎした。
誠之進の身体の奥から、もはや抑えようもない熱いものが奔流のように突き上げてきた。
誠之進は三郎の膝裏の手を入れて横抱きにすると、そっとハマボウフウの茂みの上に降ろした。先程結んでやったばかりの帯を解き、浴衣の前を開いた。薄くしなやかな筋肉のついた胸がゆっくりと上下していた。
三郎は潤んだ瞳で誠之進を一心に見つめている。誠之進が身をかがめると、三郎の両腕が誘うように首に絡み付いてきた。引き寄せられるままに、誠之進はそのままゆっくりと唇を重ねた。啄むように軽く触れながら、誠之進は片手で自分の帯を解き、浴衣を肩から脱ぎ捨てる。
誠之進が身を倒し、裸の胸が触れあった途端、
「誠之進…っ」
三郎の唇から焦れたような叫びがもれた。
つづく
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